「ふぅ〜ん。あなたが柳 サン?」

「…。」

「ちょっと、黙ってないでなんとか言いなさいよ。」

「……。」





その頃、 は人気の少ない校舎裏で囲まれていた。


1、2…全部で8人か。
自分と同じ二年生が3人。
残りが上級生。
名前とクラスくらいはだいたい把握している。

そしてわたしの記憶が正しければ…





「あなた、噂によると仁王くんや丸井くんに気に入られてるって勘違いしてない?」

「…。」

「構われてるからって、調子に乗ってるから変な事が色々起きるんじゃないの?」

「……それ嫉妬?」


彼女達は仁王先輩のファン、自称親衛隊の人達だ。
その言葉で彼女達の声のトーンが明らかに変わった。




「…前からあんたの事気に食わなかったのよ。」

クラスメイトである親衛隊の一人が言った。
呼び出しに来た一人だ。

「めったに授業に出てこないし、たまに来たと思ったら超態度悪いし。」

「……。」

「丸井さんが気を利かせて声をかけたけど、誰もあんたの事なんてグループに入れたくないのよ。」

「…別に入る気ないし。」

がそう返答すると、上級生の一人が声を荒げた。

「何?!その態度?御高くとまってんじゃないわよ!!」

「…。」

「今日だって、あんたが怪我すると思って、わざわざ下駄箱に仕掛けたのに、丸井さんが怪我しちゃうし。」

「…やっぱり。」

「階段から突き落としてやったら、仁王くんに助けてもらって…その上ちゃっかり抱きつきやがって!!」

「…そんな理由でやったの。」



なんて馬鹿らしい。
腹立たしくて仕方がなかった。
そう。
2年前のあの日と同じくらい。




「あんたみたいな暗いコ、仁王くんが本気で相手にしてるわけないでしょ。」

「仁王くんにちょっと優しくしてもらったからっていい気になってんじゃないわよ。」

「丸井さんや仁王先輩があんたの事、本気で好きなワケないじゃない。」

「そうそう。あんたが柳蓮二の妹だから。」

「それに他校の友達から聞いたんだけど、あんた、許婚がいるんでしょ?」

「許婚ぇ?一体どこのお嬢様よ。」

「他に男がいるくせに、仁王くん落とすなんて信じらんない!!この淫乱っ!!」




…あぁ。そうか。
やっぱり、あの時と同じで。
全ては偽りという事。

言われてみればそうかもしれない。


だって


ワタシをスキになる理由なんてナイのだから




「その髪もうっざったいよね。何?そのいまどき流行らない髪形。」

「あ、そうだ。私達、優しいからイマドキ風にさっぱりさせてあげる。」

「これで、ちょっとはブスも直るんじゃないの?」



一番嫌いな視線。
ヒトは何故、他者を集団で踏みつけるときこんなに楽しそうなのだろうか?

彼女達はクスクス笑いながら、 の両腕を二人がかりで押さえつけると、他のコ達が可笑しそうに笑う。
は半ば放心に近い状態で現状を見送っていた。
やがて、輪の中のひとりがポケットからカッターナイフを取り出す。
そして…



シュパッ!!




の長くて、艶やかな黒髪の欠片が宙に舞った。
バッサリと切り落とされた髪は地面に散った。
それと同時に左右の腕も開放された。
だが、 は言葉が声にならず、思考も回らなくて、その場に倒れるようにしゃがみ込んだ。



シュッ!!



髪だけに飽き足らず、再び向かってきた刃は の頬を傷を付けた。
鮮血がつぅっと の左頬から流れる。
刃物の先端に付いた鮮血に は思わず目を瞑った。


「あんたなんかいる意味ないの。とっとと消えちゃいな!!」











…もぅやだ。なんで…。


…こわいよ。
…わたしなにもわるいことしてないよ。



……たすけて。…おにぃちゃん……くん……たすけてっ!!…たすけてよっ!!!














「お前ら、人のモノになにしてるのかの。」

「…に、仁王くんっ?!!!」



カランッと刃物が地面に落ちた音がする。
…におうせんぱい?


ふわぁっと暖かい両腕が背中を包んだ。
ゆっくりと目を見開くと、自分を切りつけた女は、真っ青な顔でこちらを見ていた。


「におうせんぱい…。」

「遅くなって悪かったな。顔…傷にならないといいが…」


声に出して呼んでみると、確かに彼がそこに在る事がわかった。
その事実がわかると、わたしの目からすぅっと一筋の涙がこぼれた。

その理由はなぜかわからないけど。
でも、なぜかホッとした。
仁王先輩が来てくれて。



「お前らさ、ホントに仁王の事好きなら、柳ちゃんにこんな事する前に自分の気持ちちゃんと伝えてみろぃ。」

「ブン太せんぱい…」

「あんたら、なにくっだらねぇ事やってんですかね〜。バッカじゃねぇの?」

「にゃろ!!人様に迷惑かけやがって。うちの親友こんな目に合わせてただですむと思うんじゃねーよ!!!」

「…きりはら…まるぃ…。」



三人が他の女子達をいつの間にか取り押さえていた。
女だからといって容赦した様子はない。
だが、彼女達はめげずに反論した。



「だってそのコが悪いんじゃないっ!!みんなの仁王くんと丸井くんを取るからっ!!!」

「そうよ!!!丸井さんはブン太くんの妹だからともかく…」

「あのなぁ〜。俺らはただの一般生徒であって、アイドルでもなんでもねぇワケ。」

「ただの立海大付属中テニス部の仁王雅治と…」

「丸井ブン太。そこんとこシクヨロ。」

「ピヨ。」



「わかったらとっととうせてくれません?先輩達。」

赤也がそう言うと、彼の背後から、すっともうひとつの影が現れた。




「そうだな。その辺りにしろ。うちの可愛い妹にそれ以上危害を加える気ならどうなるか…」

「おにぃちゃん…。」


柳蓮二はそう云うと、リーダー格らしい女の肩を叩き、瞼をカッと見開いた。
肩を叩かれた親衛隊の女は、身体をビクつかせた。
顔が恐怖で蒼白になっている。


「たしか、お前はサッカー部の山下と交際していたな。付き合ってからちょうど…1ヶ月と7日2時間経過か」

「な!!先輩っ!!ヒドイ!!抜け駆けですかっ!!」

「そういうお前は…仁王の他に、丸井と幸村と切原のファンクラブにも入っているよな。…ふっ、面食いだな。」

「う…うぐっ。」

「ちょっと、貴女そんなミーハー精神で仁王くん好きとか言ってたワケっ?!!!」

「…あ…うぅ…」

「それとこんなモノもある。お前らがした事の動かぬ証拠だな。」

そういうと、蓮二はブレザーのポケットに手を突っ込み、数十枚の写真をばら撒いた。
そのとたん、彼女達は声にならない悲鳴をあげた。


「そうそう。さっきの一部始終も録音・録画しておいたぞ。これを教育委員会に持っていけばどうなるか…」

「「「!!!」」」

「今後、ちょっとでも不審な動きがあれば、容赦しないからな。自分の人生が大事ならば…。」

「せんせー、こっちでイジメがおこなわれてまーす」

「三年のおねーさんたちがコワーイでーす」

唖然としている彼女達に追い討ちをかけるように、 と赤也は大声で騒ぎ始める。
彼女達は半狂乱になりながら大慌てで一目散に散っていった。























「柳っ!!!だいじょうぶ?生きてる?死んでなぃ??」

親衛隊の面々が退散すると、 は仁王の腕の中にいる に思いっきり抱きついた。
は相当悔しそうな表情で、 の髪の毛をみる。

「くっそぉ!!柳の端整でスベスベなお肌と長くて綺麗な髪を切るなんて!!…って、アレ?」

その瞬間、 の左腕にドロっとした感触があった。
は慌てて身体を起こすと思わず大声で絶叫した。

「うわぁっ!!!!!!!!!!に、仁王ちゃん大出血サービスだっ!!!!!!!!!!!」

「…せ、先輩っ!!腕大丈夫ですか!!」

「あぁ〜。結構痛かと。」

「そ、そんなノンキな事言ってる場合じゃないですっ!!!」

「そうだよ!!至急病院っ!!柳生せんぱ〜いっ!!!!!!!!!!!」

「…そうだな。俺から弦一郎には伝えてやる。今日は早退した方がいいな。」

「いや、別に大したことな…」

「絶対駄目ですっ!!利き手じゃなくても、これだけの出血をしているのを放置したら危険です。」

「えぇぇ??…仁王ちゃん、こんな時につかぬ事を聞くけど、もしかして左利き??」

「もしかしなくてもサウスポーじゃ。」

「マジで?!知らなかった!!なんで教えてくれなかったの?!!!柳には教えてたのに…」

「そんなコト今はどうでもいいのっ!!!!!!!!!!!!!!」


が今までにない剣幕で叫んだので一同は圧倒されたように黙った。
仁王までもが、キョトンとした顔で をみている。
そんな周囲を気にせずに、 は自分の制服のネクタイを外すと、仁王の右腕を縛った。


「病院連れていきます。あと宜しく。」

「柳〜、こういう時は『シクヨロ』っていうのだよ。」

「はいはい。…シクヨロ。」


が唖然としてる仁王の手を引いて立ち上がると蓮二が意味深に笑った。
そして、ポツリと小さく独り言を呟いた。

「仁王なら、あるいは……かもしれんな。… の……に。」

「お兄ちゃんなにか言いました?」

「俺はお前と仁王のこと応援してやるぞ。これから前途多難だがな。」

「な!!え!!!お、お兄ちゃんっ!!!!!!!」

「病院に行ったら、ついでに美容院にも行け。その状態はえらく中途半端だ。」

「あ…本当だ。」

「仁王、妹を任せたぞ。そうそう。イチャつく場合は人目につかないところでな。」

「ば、馬鹿兄っ!!!!!!!!」








ふと思った。
兄とこんなに自然に話したのはいつ以来だろうと。
たぶんあの日からなかった。
助けに来てくれなかったあの日から。

正直嬉しかった。
嫌われていると思っていたから。
兄にとって、自分は必要ではないと。
そう思い込んでいたから。























「ところで 、俺がわざわざ忠告してやったのに、さっき俺の事苗字で呼んだの。」

病院に向かう道中、わたしたちは無言で歩いていた。
そんな沈黙を破るようにいきなり雅治先輩がわたしにそう言った。

「なんの事でしょうね…。」

「そうか、お前はわからんのか。だが…」


え?

雅治先輩は左手でわたしの顎をぐっと持ち上げた。

こ、これって…。
!!!!!!!!!!ダメダメ駄目っ!!!!!!!!!
わたしは大慌てで雅治先輩の顔を押し返した。
だが、先輩はまったく動じない様子でわたしを見下ろす。


「俺は確かに言ったのぅ。苗字で呼んだらキス一回ってな。」

な、何を言い出すのですかっ!!!!!!
わたしは思わずその言葉に真っ赤になって反論した。


「これ以上からかわれても非常に困ります!!」

「……からかってなんかないぞ。」

「なんですかぁ〜。今の間はぁ〜。」

「仕方ないの。今はツケにしといてやるか。」


雅治先輩はそう呟くと、すぅっとわたしから手を離してくれた。
そして、微かに笑ってゆっくりと歩き出した。



「ちょ、ちょっと、誤魔化さないで下さい。」

「そんなコトを気にするという事は冗談やからかいだったら嫌という事か?」

「―――!!!」

「図星かの?」

「…。」



その言葉を否定する気にはなれなかった。
だって…




「そうそう…」

わたしの思考を遮るように雅治先輩は言葉を続けた。





「俺本気だからな。覚悟してろよ。」

「えっ?……えぇぇっ!!!!!」






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ちなみに仁王ちゃんの左利きを柳ちゃんが知っていたのはデータウーマンだからッス☆
次は丸井ちゃんサイドの話に?

2004年12月16日    克己