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「やっなぎぃ〜!!」 …来た。 朝っぱら、元気いっぱいに、柳家の門の前で叫ぶ声がした。 ガラガラッ がくぐり戸の戸を開けると、自分より少し小柄の女の子が飛びついてくる。 「おっはよ!!今日も柳カッワイイ〜☆」 「丸井…重い。」 予想通りに、 にハグをされて、 は小さく溜息をつく。 毎日のようにこうなのだ。 登校時間になると、必ず が家の門の前にいる。 避けようと思えば、避けることも可能だろうに。 キライじゃない。 この感情が、 を拒否出来ずにいた。 「あ!!そういえば、柳さ、屋上で仁王ちゃんとなにかあったっしょ。」 「なっ!!」 学校の正面玄関に着くと、丸井は突然思い出したかのように、その事を話題に上げた。 登校中の生徒達が通過していく中、 と は足元が木の根っこにでもなったようにその場から動けずにいた。 「あ〜、その反応はなにかあったな。くっそぉ。やっぱり仁王ちゃんに唾つけられたか。」 「……。」 「あ〜ぁ、柳はあたしのなのにな〜。あたしも彼氏欲しいなぁ。」 「あんたじゃ一生出来ねぇよ。」 …この声は。 の言葉に割って入るように、後ろから同級生の切原赤也の声がした。 と が振り返ると、彼は可笑しそうに笑った。 「むぅぅ。切原バカ也めっ!!そんなんじゃ女の子にモテないよ。」 「別にモテたくねーし。」 「くっそぉ!!モテるヤツがいうと腹立たしい一言をっ!!モテると思ってイイ気になんな!!」 「あんた、たった今俺がモテねぇって言ったじゃねぇか。」 「うぅ〜。ちょっとばかし顔がいいからって。」 「わけわかんねぇ〜。柳、コイツと付き合ってると頭悪くなるぜ。」 「あぁ!!!!!!!!!!!!!!!」 「なんだよ。うるせぇな。」 「あ…。」 「じゃぁ〜ん!!誰が一生彼氏出来ないって?」 が学校の下駄箱の戸を開けると、上履きの上に薄緑の封筒が乗っかっていた。 は楽しそうに、封筒を手に取ると、開封しようとした。 「エッヘヘ♪丸井ちゃんってばモッテモテ〜。」 「…丸井。待って。それ開けちゃ…」 ザクッ 時すでに遅し。 の左親指と人差し指は見事に赤い液体が滴っていた。 「…痛い。」 「だから言ったのに。」 「丸井。あんた、よっぽど誰かの恨み買ってんだな。」 「そんな事ないもん!!切原じゃあるまいし!!きっと間違えたんだぃ!!」 「うん。間違えてる…。」 「ふぇ?」 「丸井、それ…わたしの靴箱。」 「え…あぁぁ!!本当だ!!隣同士だから間違えちゃった…って、それって本当は柳が…!!!」 「あぁ…大丈夫。」 こういう事は慣れてるから。 あの日からずっと。 まるで止まない雨のように。 じめじめと湿り続けた梅雨のような世界は、青空を見ることがないから。 「やなぎ…。」 「ん?」 「手…痛い…痛いというか…熱い。」 「え…。」 の手は思っていたよりも深めに刃が刺さったようで。 流血した赤黒い液体がポタポタと床やら腕やら服やらに付着していた。 「おいおい…。」 あの血の気の多い切原まで、ちょっと不安そうな表情だ。 「切原。わたし、丸井を保健室に連れていく。」 「その方がいいな。」 「悪いけど、もしHR間に合わなかったら担任に伝えて。じゃ。」 このときはまだ三人とも誰一人として気が付かなかった。 この流血事件が序曲にすぎないという事を。 「いやぁ〜。ビックリした。死ぬかと思ったよ。」 「体内の血液が2/3以下にならなければ死なないって。」 「へぇ。さっすが柳、詳しいねっ!!」 「常識。」 幸い、見た目の出血量に比べて傷は浅く、丸井の治療は短時間で終わった。 私達は予鈴の時間には余裕で間に合うような状態で保健室を後にした。 二年の教室は三階にあるため、二人は込み合う人波を掻き分けて階段を昇った。 「う〜ん、しっかし、あたし最近ついてないな。昨日は靴に画鋲が入ってて気がつかずにふんじゃったし。」 「…画鋲?」 「うん。左右両方に入っててさ。わざわざセロテープで固定してあったんだよぉ。」 「!それホント?」 だとしたら、わたしだけではなく丸井も狙われてるという事? それとも、さっきのも丸井が間違えて靴箱を開ける事を計算してのモノ? その場合、狙われているのは…丸井?! 「ハッ!!もしかして、あたしと柳の仲の良さを妬んだ誰かの陰謀かっ?!!」 「…わたしと丸井はそんなに仲良くないでしょ。」 「えぇ〜。柳サンってばヒドイ。あたしはこんなに柳の事愛してるのに〜!!」 「はいはい。」 しかし気にかかる事がひとつ。 それは…。 どんっ!!!! 「っ柳っ!!危ないっ!!!」 ニブイ音と共に の声がした。 「え?」 視界から が消えた。 その上、足は地面に着いていない。 どうやら階段から突き落とされたようだ。 やられた…。 木を隠すなら森の中というか。 人混みの中なら目立たずにわたしを攻撃出来るって寸法ね。 犯人恐るべし。 …なんて、そんな事冷静に考えている場合じゃない。 このままだと怪我するなぁ。 下手したら死ぬかも。 そう思った は、とっさ頭を庇おうとしたが… ぽふっ。 なにか柔らかいモノが、 の頭にぶつかった。 というか、その柔らかいモノに包まれた。 「お前、みかけによらずドジじゃな。」 「な、にお…」 柔らかいモノに声をかけられ、とっさに顔をあげるとそこには先輩がいた。 「今、苗字で呼ぼうとした。」 「ち、違います。い、今のは、その、まるぃのマネで『なにをぉ』…って。」 「苦しい言い訳だの。」 いつも通りの無表情な顔で仁王先輩はぽつりと呟いた。 「柳っ!!!!!!!!!!!!!!!」 仁王先輩の言葉にかぶるように、 が の上にダイビングしてきた。 すなわち、 を支えていた仁王を押し潰したのであった。 「やなぎぃ〜っ!!大丈夫?!平気?よかったねぇ。ちょうど良いマットが通りかかって。」 「誰がマットじゃ。どうみても助けたんじゃろうが。」 「あはは。仁王ちゃんてば、でかいし、頭白いし、たった今潰れちゃってるし、マットそのものだよ〜。」 「退きんしゃいっ!!潰れてるのはお前が重いせいじゃ。」 ちょ、ちょっと…。 が圧し掛かってきたせいで、三人はかなりの密着状態にあった。 「むむむぅ。丸井ちゃんはブン太より重くないやぃっ!!」 「アイツより重かったら、女としてどうかと思うぞ。」 「そんな、か弱い女の子に向かってその言い方はヒドイっ!!」 「誰がか弱いんじゃ、誰が。」 そう言い放つと、仁王は を押しのけて、上半身を起こす。 そして、 をシカトし、自分の腕の中にいる に声をかけた。 「 、大丈夫か?」 「あ、はい。仁王先輩のおかげ様で助かりました。その…ありがとうございます。」 「礼にはおよばんが、ペナルティ1。キス一回。」 「な!!そ、それは先輩が勝手に言い出した事でっ!!」 「キスぐらい減るもんじゃないし、良かろう。」 「おいおい、仁王ちゃん。いくら付き合ってるからって公衆の面前ではダメだよぉ〜。」 の冷やかしに間入れず、 と仁王は同時に言った。 「俺らはまだ付き合っとらんぜよ。」 「先輩とわたしは付き合ってないっ!!」 「…ン?え…?えぇぇぇっ!!!付き合ってなかったの?!!」 「誰が言ったんじゃ?付き合っとるって。」 呆れた顔で、仁王は をみた。 は平然と仁王を見返す。 「柳〜。」 「わたしは一言も『付き合ってる』なんていってない。」 「でも、表情と動揺が語ってた〜。」 「そりゃ、俺が『付き合おう』と言ったからの。動揺のひとつもしないようじゃ機械じゃろ。」 「ふぅ〜ん。って、仁王ちゃんから付き合おうって言ったのっ?!!!」 「まぁな。」 「めっずらしぃ〜っ!!!!!仁王ちゃんから女の子に付き合おうなんていうとはっ!!!!!!」 「…そうなの?」 思わず、 は驚いた様子で に尋ねた。 は興奮した様子で答える。 「うん。そうだよ。確かに仁王ちゃんは今までい〜っぱい彼女いたケド、全部、女のほうから言い出したんだもん。」 「お前、ヒトのプライバシーを勝手にしゃべるな。」 「その上…仁王ちゃ〜ん、あたしと付き合って下さ…」 「嫌だ。」 「ふぅ。こんな具合に、好みじゃないとスパッと二秒斬りなんだもん。残念っ!!(笑)」 「好きでもないヤツに優しくしてどうするのじゃ。」 「まったく、こんな男の良さがあたしにはわっかんないね〜。」 「… 。いい加減にしないと、お前の好きなヤツ大声でバラすぞ。」 「……あは…はは…仁王先輩ってば、何をおっしゃってるんでしょうか?あたしに好きなヒトなんかいるわけ…」 「…いいんじゃな?」 「…。」 「…。」 キーンコン カンコーン タイミング良く予鈴が鳴ったためか 仁王はふぅと小さくため息をつくと を抱き起こした。 「 、運が良かったの。二人とも早く授業行きんしゃい。」 「むぅ。話はまだ終わってなぃっ!!仁王ちゃん、柳の事どう思ってるの???!」 「さぁな。」 「『さぁな。』じゃない〜っ!!!」 が叫ぶ言葉を一切気にせず、仁王先輩はさっさと階段を昇っていってしまった。 「話をわざわざそらすなんて!!遊びや冗談で、柳に言ったんなら仁王ちゃんでも許さないからなっ!!!!」 そう叫んだ の声は 予鈴と共に、廊下に響き渡ったのであった。 「…ねぇ。丸井。」 「わぁ〜。柳のほうから声をかけてきてくれるなんてっ!!!」 「…。」 「で?で?何?何?」 放課後、教室掃除をしていた に、 は朝の出来事で気になっていた事を思い切って聞いてみる事にした。 「丸井の好きな人って…。」 「っ!!!や、柳サンってばぁ、いきなりな、なな、何をっ?!!!!」 「…わたしが思うに、切は…」 「わわわわ!!!!!!!!!」 「…。」 はそう叫ぶと辺りをキョロキョロした。 当の赤也はというと、他の男子と箒でチャンバラをしており、コッチにまったく気づいていない様子である。 それに気づき、 はホッと肩の力を抜いた。 「柳さん。ちょっといいかな?話があるんだケド。」 と がそんな話をしていると、クラスの女子数人に声をかけられた。 「さすが柳。女の子にもモテモテ〜☆」 「…かまわないけど。」 …あれ?この人達…。 私はピンと来たが、その事は顔に出さず、彼女達について行く事にした。 遅かれ早かれぶつかってくるだろうと思っていた相手だ。 「ね、ね、ね。丸井ちゃんもついてってイイ?」 「わ、悪いけど、丸井さんはちょっと…。」 「私達、柳さんに用があるの。」 「ふぅ〜ん。そっか。残念。いってらっしゃい〜。」 は、 と女子達が教室から出ていくのを笑顔で見送るとスッと立ち上がった。 「…さってと、切原〜!!!!!!どうやら…兄貴と仁王ちゃん呼びに行ったほうがいいみたい。」 「仕方ねぇ…戦闘開始だな。」 →3話へ 今まで書いた夢で、一番早い速度で話を書けている気がする。 丸井ちゃん、動かしやすくて好きだな。さて柳ちゃんはこれから大変な目に…。 2004年12月3日 克己 |