他人を頼らない
他人を信じない

そして
他人を愛さない

それが
自分の基本構造だった。






“俺天使”



学校は嫌いだ。
女子の妙な集団行動も。
恋と根も葉もない噂話と苛めで盛り上がってしまう人々も。
だが、義務教育という枠の中で、出席日数が足りなくなりそうな状況はさすがにマズイと感じ、
久々に登校したとたんに、わたしは彼女に捕まったのであった。


「なぁなぁ。あたしと一緒にペア組まない?柳 サン☆」


ふぃに顔をあげると少女がニッコリと笑っていた。


鮮やかな赤い癖っ毛。
整ってはいるが綺麗というよりは可愛いという単語が似合うベビーフェイス。
元気そうな明るい声。
ここまで特徴的だと、わざわざデータがどうのなんて言わなくても、彼女が誰なのかは一目瞭然だなと思った。


「なんで?」

「だって美術の課題終わらないと困るじゃん。それにあたしは君が描きたいの!」

「…イヤだ。」

「大丈夫。こうみえて美術部だからありのまま美人に描いてやるって。まかせろぃ☆」

「だから…」

「先生!柳と丸井ペア組みまーす!」



は強引にもわたしのコトバを無視してペアを組むのを宣言した。
やっかい者が早く片づいた方が嬉しいらしく、教師は丸井の言葉に賛成したのだった。
こうしてわたしにとっては第一印象最悪の友が出来たのであった。










「…。」

「やなぎぃ〜。まだ怒ってる?」

「…別に。」

「イライラするとお肌に良くないよぉ。ん、まぁ柳は怒っても美人さんだから絵になってるけどさ。」

「……。」

「あ!そーだ。きっと柳は血糖値が足りてないんだ。だからいつもイライラしてるかテンション低いんだよ!というわけ
で」

「?」

「今から兄貴のクラスに行くぜぃ!」

「へ?ちょ、ちょっと…」


の手をひっぱると猛ダッシュで三年生の階へと走っていったのであった。








「ちわっす☆仁王ちゃ〜ん!!とついでに兄貴ぃ〜!!」

「おぅ。どうしたんじゃ?」

「お前、俺はついでかよ!」

慣れた様子で はずかずかと教室に入って行く。
いつものコトらしく三年生達も誰一人気にしている様子はなかった。

、お前昼休みの度にココに来るのいい加減やめろぃ。」

「また弁当襲撃に来おったの。」

「ちがうよ。今日はすっげ〜美人さんなあたしの親友を連れてきました☆」


親友?
誰と誰が?
をみるとわたしをみてニコニコと笑ってる。
まさか…。



「丸井…誰が親友なのよ。」

「ん?あたしと柳☆」

「いつから親友になったの..。」

「ついさっきの美術の時間♪」

「勝手に決めないでよ!」

「わぁ。声を荒げて怒った柳もまた可愛い☆」

「たしかにべっびんじゃの。」

「でしょ、でしょ!さっすが仁王ちゃん☆お目が高い!でも手出すなよ☆」


そういいながら、 はブン太の弁当に手を伸ばした。


「卵焼きも〜らい!!」

「あ! 勝手に俺の弁当食うんじゃねーよ!」

「だって兄貴のモノはあたしのモノだも〜ん♪」

「自分のはどうしたんじゃ?」

「早弁したからもうな〜い。」

「!信じらんねー!お前、それ女子の行動じゃねーよ!!」

「唐揚げいただき!」

「あぁぁ!!!返せっ!食い物の恨みは恐え〜からな!」

「もう食べちゃったから返せませんよ〜だ。」

「頭来た!お前今日夕飯抜きにしてやる!」

「し、しまった!今日の夕飯当番兄貴か!…あ、ああ…お兄様、そんな事言わないで私の分も作ってくださいよぉ。」

「うわっ!キモ!」

「キモいとかいうな!馬鹿兄貴!」





…なんだろう。このテンションは。
なんというか…




「うざい。」

「あ!そう。それです。」


仁王がぽつりと言った言葉に は思わず共感してしまった。


「…苦手か?」

「え?」

「丸井兄妹。」

「苦手というか…まだわかりません。1時間と28分前に初めて話したので。」

「あいつは親友と言っておったが…」

「丸井が勝手に言ってるだけです!!」

「…次の授業さぼれるかの?」

「え?」

「ついて来んしゃい。」



仁王はそう言うと席から立ち上がり、たったと教室のドアに手をかけた。

「おっ?仁王ちゃんさぼりか?」

「あぁ。コイツ借りるぞ。」

「えぇ!柳は駄目っ!!仁王ちゃん、柳返せぃ!!」

「お前は唐揚げ返せぃ!!!」

「うっせ!馬鹿兄貴!」


は仁王の背を追って三年生の教室を後にした。
廊下に出ても丸井兄妹の声は響いていた。
教室を振り返ると、 はしばしドアをみつめていた。


仲が良いな…。
自分の家の会話のない事を思うと少し胸がきゅっとなった。
それが小さなジェラシーなのか
それとも…。




教室から出ると、仁王は階段の前で友を待っていた。
に気がつくと指でコッチに来いと合図しスタスタと階段を上がって行く。
は彼の少し後ろを歩いた。
やがて屋上手前の“立ち入り禁止”の札の前に来ると仁王は立ち止まった。










「…屋上って入れるんですか?」

「合鍵があるからな。」



ニヤっと笑うと仁王先輩は鍵の束を見せてくれた。
ジャラジャラという音を立てながら、鍵の一つが鍵穴に差し込まれる。


ガチャ。


屋上からみた空は爽快な青空だった。
少し強めの風が心地よい。


「いい天気じゃのう。」


先輩は軽く伸びをするとコンクリートの床に座り込み壁に寄りかかった。

「まぁ、座りんしゃい。」

仁王先輩がそう言ってくれたので
わたしもコンクリートの床にそっと腰を降ろした。

「自己紹介まだじゃったな。俺は…」

「仁王雅治。男子公式テニス部のレギュラー。得意科目は数学…でしたっけ?」


仁王先輩はほんの一瞬だけ驚いた表情をみせたが、すぐに納得したようにふっと笑った。


「さすがは柳妹。」

「… です。柳妹って呼ばないでください。」

「なんじゃ?おまえもブラザーコンプレックスか?」

「おまえも?」

もな。丸井妹と呼ばれる事を極端に嫌がる。」

「ふ〜ん。あんなに仲良しなのに。」

「…あれで結構あの二人は複雑だからのぅ。」


仁王はそういうと をじっと見つめた。


ドクン。
色素の薄い琥珀色の瞳にみつめられて、私の心音は一瞬小さく飛び跳ねた気がした。



「あいつらも悪気があるわけじゃないんだ。いつもああじゃから。」

「…。」

「なんで俺があいつらとつるんでるかと思ってるじゃろ。」




確かに。
だって、丸井兄妹と仁王先輩はだいぶ違う気がした。
性格も人間関係も。
でも…



「先輩はうざいけど嫌いじゃないんですね。ああいうの。」

「お前も嫌いじゃないんだろ。あぁいうの。ただ『入り方』がわからんだけで。」

「…。」



こくり

小さく頷くと仁王先輩は手のひらでポンポンとわたしの頭を軽く叩いた。



が誰かを自分の『境界線』に入れたがる事などないからな。」

「そうなんですか?」

「あぁ。アイツは人付き合いは上手いが、絶対に自分から友人は作らん。」

「なんで?」

「まぁ…色々あるからな。アイツも他人をめったに信じない。」

「…。」

「お前に声をかけたのはよっぽど気に入ったんじゃな。」



なにをどう気に入られたのだろう?
わたしに気に入られる要因などないというのに。


「そうなんだ…。」


それなのに
そう思いながらも何故顔がほころんでしまうのだろう?
思わず頬が緩んでしまう。



「お前…笑えば可愛いな。」

「は、はいぃ?」

「そうやって感情を表に出せばいいんじゃないのか?せっかくのいい笑顔だから。」

「先輩に言われたくないです。」

「どういう意味じゃ?」

「先輩だって笑わないじゃないですか。」

「何いっとる。俺の笑顔だって最高にカワイイ。」

「えぇ〜。先輩の笑顔ってフッとかニヤッとか可愛くないです。」

「…わかっとらんの。」

「どーいう意味です?」

「自分で考えろ。もっとも俺の事は、あの柳でもわからんようだがの。」


兄上でもわからない?
それって凄いコトなんじゃ…。
そんな事をぼんやり考えていると、いつの間にか仁王先輩の顔がわたしの近くにあった。


「みたいか?俺の笑顔(データー)。」

「…え?」

「よし。なら、付き合ってみるかの。」

「は…はい??」

「お前の事は でいいよな。」

「ちょ、ちょっと…」

「そうじゃな…俺の事は『雅治』と呼べよ。」

「そ、そんな勝手に…」

「苗字で呼んだら、キス一回じゃからな。気をつけんしゃい。」

そう言いながら、仁王先輩は、またあの不敵な笑顔でフッと笑った。

おいおいおい。
またこのパターンっ?!!!

…本日、二回目のわたしの心の叫びは完全にシカトされた。


前言撤回。
先輩も充分、丸井と似てます…。
こうして、久々に登校したその日、わたしの人生の歯車は少しずつずれ始めた。





2話

一周年だし長期連載始めてみました。
最初は柳ちゃんサイドのお話です。

2004年11月30日  克己