ピンポ〜ン チャイムの音が、マンションの廊下に鳴り響いた。 そういえば、友達の家に来るのって初めてだな。 夕方の空気が少し肌寒く感じたが、緊張のためかあまり気にならなかった。 「こんにちはー。」 カチャッ 「はぁ〜い。 〜、プッチンプリンかってきたかぁ?オレはらへったぁ〜。」 え? わたしは扉を開けた人物を思わず凝視した。 鮮やかな赤い癖っ毛。 可愛い大きな瞳。 元気そうな明るい声と食に関する発言。 どこからどうみてもブン太先輩だ。 サイズが5歳児だということを除けば。 「ブン太先輩っ?!ど、どうして小さく…???」 「あ〜ぁ!!おまえ、やなぎだろ?オレ、ケン。」 「ケ、ケンちゃん??」 「柳ちゃん、それ俺の末弟。」 完全に動揺しきった の前に、玄関を開けてくれたチビッ子そっくりの人物が現れた。 どうみてもコッチが本物の丸井ブン太である。 そして、その事がわかると小さいほうが弟だという説明も容易に納得が出来た。 「そーだぜぃ。シクヨロ〜☆」 そう言ってピッタリと抱きついてくるケンを はちょっと可愛いなぁと思った。 弟がいたらこんな感じかなぁ? 「うん。シクヨロね。ケンちゃん。」 「今、 買い物行ってんだ。仁王は後から来るって。」 「じゃあ早く来すぎちゃいましたね。」 はリビングに通された。 ブン太は、リビングと吹き抜けになっている台所で、夕飯の下拵えをしているようだった。 「なぁなぁ。ブン太ぁ、オレはらへった。ふる〜ちぇ。」 「うっせぇぞ、ケン。我慢しろよ。もうすぐ夕飯なんだし。」 「やだぁ〜!!おなかとせなかがひっつくぅ〜!!!」 「…っ駄目つってんだろ!!牛乳でも飲んでろ!!!」 「…。」 怒鳴られると、ケンはむっとした表情でブン太を睨んだ。 だが、ブン太はまったく気にしない様子で、作業を再開する。 「なにか手伝います?」 「んじゃ、そこのジャガイモ頼む。洗って、皮むいて、切っといて。」 「はい、わかりました。」 「シクヨロな☆」 ブン太はそういうと肉の解凍作業にあたった。 二人はしばらく沈黙で作業をしていたが、ブン太がふと に話しかけた。 「…あのさ。」 「はい?」 「 って好きなヤツとかいんの?」 「あぁ。仁王先輩もそんなコト言ってましたよ。」 「…っ仁王?!!アイツ仁王好きなのか?あんなのどこがいいんだ?わかんねぇ…」 「違いますよ。それはないと思う。」 そういうとブン太はホッとしたような安堵のため息をついた。 「そっか。だよなぁ〜。」 「あ、そういえば、あとは切原と仲良いみたいですね。」 「あ、赤也?!」 ブン太先輩は、さっきから明らかに面白くないという表情を再度繰り返している。 んんん?? アレ?なんかブン太先輩のこの反応って…嫉妬? ちょっと過剰すぎません?? 「ブン太先輩って、シスコ…」 そのときだった。 「ふるーちぇっ!!はらへったぁ〜っつ!!!」 ド〜ンッ!!!!! 空腹に耐えられなくなったケンが、 ブン太の足に激突し、そのまま衝撃でブン太が、隣に立っていた に激突し、 ブン太が に覆いかぶさる形になった。 ケンはブン太の足に張り付いていたが、自力で立ち上がると「はらへった〜」と冷蔵庫のほうに走っていった。 「…っ痛…ケンっ!!…柳ちゃん…大丈…」 「ただい…あぁぁぁっぁぁあぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」 その瞬間、なんともバットタイミングで、台風娘が帰宅した。 慌てふためくブン太を他所に は落ち着いた口調で に話しかけた。 「あ、丸井。お帰り。」 「なにやってんの!!なにやってんのっ!!!なにやって…ってかバカアニキのバカブン!!!」 「いや、これはケンが…」 「問答無用!!柳に手出すふてぇヤツは、例え真田副部長が許してもこの丸井ちゃんが成敗じゃ!!」 「せいばいじゃ〜。ふるーちぇじゃぁ〜。うまいじゃぁ〜。」 「…って、ケンちゃん!!御飯前にオヤツ食べちゃ駄目っていつも言ってんでしょ!!!」 「オレゆうしゃだからー。これブン太たおしたごほーび☆」 「…ってコトは、やっぱり、柳に手出したんだなっ!!!!!!!!」 「なんでそうなんだ!!!空気読めぃ!!!どう考えても、全部ケンの仕業だろーが!!!!!!」 「あぁ〜、弟に罪をなすり付けるなんてアニキ最悪〜!!!」 「丸井、本当だよ。ケンちゃんが私とブン太先輩に激突しちゃっただけだから。」 「…へ?柳ホント?」 こくりと が頷くと、 はなぁ〜んだと笑顔になった。 だが、ブン太は不服そうに を睨む。 「お前!!オレが言うと信じねーで、なんで柳ちゃんの言葉は信じてんだよ!!」 「それは、誰がどう考えたって『柳の言葉>アニキの言葉』だからに決まってんじゃん。」 「 !!お前いい加減…」 「どーでもいいが、丸井。…いつまでその体制でいるつもりなのかの…。」 「「「!!!」」」 思わぬ人の冷ややかな声に三人はその場に凍りついた。 これは明らかに…怒ってる。 固まっている三人を無視して、仁王はブン太を蹴飛ばすと、 を自分のほうに抱き寄せた。 「に、仁王チャン…。イ、イツカライタノ…?」 「……さあな…。」 (((怖っ!!!))) 明らかに、声のトーンが低く、いよいよ三人は完全フリーズ状態。 その氷を破ったのは小さな救世主(悪の根源でもある)のお腹の音であった。 「におー。オレはらへったぁ。カレーまだかよぉー?」 「…そうじゃな、ケン。俺も腹減ったぜよ。コイツらは無視して飯作るか。」 「つくるかぁー。」 そう言うと、仁王は の手を引いて、作り途中のカレーを作り始めた。 一方、フリーズの溶けた丸井兄妹は、さささっとリビングのソファの影に避難した。 「仁王ちゃん、怖!!怖!!」 「なんでアイツ、今まで見たことないようなキレッぷりしてんだ。」 「むぅ〜。これはどうやら柳サンに本気なんでしょうな〜。」 「仁王が本気?!あの仁王がぁ?!!」 「今まで一度たりとも、女のコを好きになった事のない仁王ちゃんが…」 「女子共に「遊びなんでしょ」扱いされ続けた仁王が、ついに女に惚れるなんて…」 「「雨が降る!!槍が降る!!!真田が降るっ!!!!!!!!!」」 その頃の真田宅では… 「ばっくしゅん!!!!!」 「ん?弦一郎、風邪か?…王手。」 「や、柳。ちょ、ちょっと待て!!」 真田弦一郎と の兄である柳蓮二が将棋に没頭していた。 「ちょっと待ってもいいが、どっちみちこのままでは弦一郎に勝ち目はないぞ。」 「わかっている。わかってはいるが俺は例え将棋といえど負けてはならんのだ!!」 「ははは。安心しろ。負けたら、俺が殴ってやるさ。」 そんな事を言いつつも、蓮二はふと自分の妹の事を考えた。 友人宅に泊まりなど初めてだろうが大丈夫だろうか? 兄貴の心配通り、 は最大のピンチにあった。 気まずい…。 私は、グツグツと野菜が茹でられている鍋をじっと見つめている雅治の横顔をちらっと見た。 しっかりと掴まれた右腕を外す事も出来ず、かといっていい言葉も浮かばない。 まさに、二進も三進もいかず、出来ることといえば雅治の顔をこっそりと見ることくらいであった。 「…。」 「…。」 「…あの…。」 「……ん。」 「な、なんでも…ないです。」 わたしが俯くと、雅治は無言で私の顔を覗き混んできた。 目が合った瞬間、軽く顔を上げると、雅治はそっとわたしの髪に触れる。 「…少しやりすぎたかの。」 「え?」 「 のいう通り、お前の髪はそのままで綺麗だったというのに。俺色に染めてしまって。」 「…好きですよ、この色。」 「…。」 「それに、これはわたしが初めて自分でこうしたいって決めた事だから、このままでいいんです。」 一瞬戸惑ったような表情をしたが、 が意思の強い目でそう言うと、雅治の口元が軽く緩んだ。 「そうか。」 あ、そういえば。 髪の事でふと思い出した疑問をわたしは雅治に尋ねようとした。 「…ところで、先輩の家にあった、赤のヘアカラーって一体誰の…」 「あぁぁぁあ!!あぁぁぁぁ!!!!ジャガイモ切ったの誰っ!!!」 そのときタイミング良く、 が、鍋を凝視しながら絶叫してきた。 なにやら相当あせっている様子である。 「わたしだけど。」 「芽!!芽!!!じゃぎゃいもがあぁ!!食中毒にっ!!」 「…め?」 「ジャガイモの芽は取る!!芽は毒!!基本中の基本!!」 「あぁ。わたし、そういえば料理苦手だった。」 「苦手とかいう問題でなく家庭科でやるっしょ!!」 「わたし、家庭科はほとんど出席してないから。」 「理科でもやるっしょ!!!!」 「りか?」 「ジャガイモの紫色!!!!!」 「あ、確かにやるね。」 でも、あれってデンプ… 「あれはデンプンだろぃ!!!バカっ!!!お前今まであれ毒だと思ってたのかよ!!!!」 「え??ち、違うの!!!あれれれ??????」 「へぇ〜。ジャガイモって芽に毒あるんだ。じゃあ早く取らなきゃ。」 はそう言うと、右手を煮えたぎる鍋の中に突っ込もうとした。 それを見た は大慌てで を押さえつける。 「柳っ!!バカバカバァカッ!!っぁあ熱湯!!!どこの世界に煮えたぎる鍋に手を突っ込むバカがいる!!!!」 「でも、ジャガイモ出さないと。」 「ざるに空ければいいでショウガ!!!!!!!!!!!」 「あ、そっかぁ。料理した事ないから気が付かなかったよ。」 「柳のバカ!!大馬鹿者!!!!!!!!料理とか以前の問題だろぃっ!!!」 仁王はそんな二人のやり取りをじっと見ていたが、急に肩を震わせ始めた。 「……」 「に、仁王?」 「…くっくく…」 「仁王ちゃん?」 「くっく…うははは…っははは…アハハハハ…」 「先輩?」 「ッギャハハハハ…ったく…っくく…グツグツしとる鍋に…くく…素手突っ込もうとするか?普通…ッハハハ…」 そこには普段からはとても想像のつかない腹を抱えて笑い崩れる仁王の姿があった。 そのため、友は唖然とし とブン太は声を合わせて絶叫した。 「に、仁王が…」 「仁王ちゃんが…」 「「仁王雅治が笑ったっ!!雨が降る!!槍が降る!!!真田が降るっ!!!!!!」 その頃の再び真田宅では… 「ば、ば、ばくしょん!!!ばくしょんっ!!!!!!!!」 「お?弦一郎、クシャミ二回は『憎まれ』だぞ。誰かに恨まれてるんじゃないか?」 「馬鹿な!!俺は恨まれる覚えなどないぞ!!」 「いや、お前が殴った部員の数はいざ知れずだからな。ジャッカルあたり相当…」 「や、柳。ちょ、ちょっと待て!!」 真田と蓮二はまだ将棋に没頭していた。 「またか?」 「わかっている!!わかってはいるが俺は例えといえど負けてはならんのだ!!」 「だが、結局さっきも負けただろ。」 「だからこそ今度は更に負けるわけにはいかない!!」 仕方ないな、弦一郎の負けず嫌いは。 蓮二はそう思うと小さなため息をついたのであった。 「くっく…くははっは…」 「…あの…笑い過ぎです。」 一方、丸井家では めったな事で笑わない仁王雅治がかれこれ20分以上腹を抱えて爆笑し続けていた。 「くははっ……くっくく…悪い…あまりに…くく…面白すぎてな…くくはは…」 「仁王ちゃ〜ん、笑い過ぎ〜。」 「ぶははははっ…」 「仁王ちゃんっ!!!」」 が怒鳴ると、仁王はやっとの思いという様子で笑いを収めた。 なんとなく黙る三人。 そんな沈黙を破ったのは、どこからともなく聞こえた ぐぅ〜 という腹の虫と、カレーのスパイシーな匂いだった。 「はらへったぁぁぁぁっぁぁ!!!!カレーくうぞ!!くぅぞカレー!!」 「…どうでもいいけど、出来たぜぃ、カレー。」 目をキラキラさせたケンちゃんと、ちょっと不機嫌気味なブン太がカレー鍋を運んでくると は我に返ったような表情をした。 「え?カレー?…あ!そうだよ!仁王ちゃんとこんな馬鹿な討論している場合じゃなかった!!カレ〜カレ〜vvvv」 「…。」 「え……。」 「「「というわけで、いっただきま〜す〜♪」」」 「あ、え、え、あ…いただきます。」 「…プリ。」 「仁王ちゃん!!いただきますはちゃんと言えぃ!!農家の方々に失礼でしょうが!!!!」 「…イタダキマス。」 「うんうん。それでよし。」 雅治先輩とブン太先輩は相変わらず気まずい空気だったけど この日食べたカレーは、懐かしい味がした。 6話へ→ ケンちゃん登場!ヒロイン以外のオリジナルなコを出すのは初なのでちょっとドキハラです。 そして、仁王ちゃんとブン太が喧嘩気味…。 |
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