気が付くと、目の前にあの人の背中が見えた。
幼い頃、初めて会ったあの日から。
祖父に、彼が自分の許婚だと聞かされたあの日から。
ずっと、見てきた背中が。
「……くん…。」
わたしは他のコ達とは違うもんね。
だって…
だって、わたしとあなたの関係は
他人に決められた関係だから
だから…
「…い…くん……。」
どんなに苦しくたって
どんなに辛くたって
あなたの手を掴む事が出来なかった。
あなたの腕で泣く事が出来なかった。
困らせたくなかった。
わたしのようなちっぽけな女の事で。
だって…
だって、あなたは優しい人だから。
「…っ…!!」
…夢?
は飛び起きると目元の涙をそっと拭った。
ここ…まるいの部屋だ…。
その事実に気づき、はホッと安心すると、横で寝ているだろうに目をやった。
…あれ?
だが、そこにの姿はなく、冷えかけた布団が少し崩れてるだけだった。
喉渇いたかも…。
ここにいないという事は、トイレか台所あたりにいるよね、きっと。
丸井がいれば、水くらいもらえるかな?
そう思い、は布団から這い出すとそっと廊下に出た。
「…あ、やっぱり…」
リビングの戸から廊下にかけて、すぅっと蛍光灯の白い光が洩れている。
どうやら、はリビングにいるようだ。
そう思ったはリビングの戸に手を掛けたのだが
中から話し声がするのに気が付いた。
「…じゃの。」
「…だって…だって…」
丸井と雅治先輩?
なんとなく後ろめたい気がして、は二人に気づかれないように、ドアをほんの少し開けた。
「…仁王ちゃ…っん…ぐすん…」
「わかった。わかったから泣くなといっとるじゃろ。」
「だって…だって、好きなんだもん。好きなもんは好きなんだもん。…っ…ぅぇぇん…」
「ハァ。で、には言ったのかの?」
「…!…そ、そんなの…言えるわけ…ないじゃん…」
…えっと…
なにこれ…どういう…。
「…ごめん…ひくっ…こんなあたし…っ…うざくてイヤだよね…嫌いだよね…うわぁぁんっ…。」
「そんなコト言ってないじゃろ。」
……。
「…ホント?…ひくっ…見捨てない…?」
「あぁ。」
「あたし…もう……っにお…ちゃんがいい…」
そういうとはギュッと仁王の身体に抱きついた。
そして、一部始終を見ていたはその場に固まっていたが
の体内で
……………………………ブチ。
何かが切れる音がした。
「…昔…のままのが…良かったなぁ…好きが単純に『好き』だった頃のが…良かった。」
「…。」
バタンっ。
「!」
「…柳。」
「……。」
は、乱暴に戸を開けると、台所の水道の蛇口を思いっきりひねった。
そして、その水で、は自分の顔を思いっきり濡らしたのだった。
「…なに?」
「何って…それはコッチの台詞だよ!柳こそ何やってんの?!」
「…。」
無言で俯くに、はハッと気が付き、思わず仁王を押しのけて立ち上がった。
「…。」
「誤解!!柳絶対今誤解してるっしょ!!!」
「…。」
「……。」
「…別に、わたしは…先輩となんでもないし関係ないから。」
「違う、違う、ちがうっ!!!」
「…ごめんね。今まで気が付かなくて。…お邪魔しました。」
そういって立ち去ろうとしたの手をはパニックで半泣きになりながら必死で掴んだ。
「だって、だって、だって!!あたしが好きなのはブン…っ」
「…ブン?」
「!!」
「ブンって…」
「ぶ、ぶ、ぶ…ブンブンブンハチが飛ぶ〜♪そんなハチが好きな花が似合うくらい美しい人さ。甘い人さ。」
「確かに甘そうじゃの。いつも甘ったるいモンばかり食っとるしな。ケーキホールで食うし。」
「…バッ!!」
「丸井?…え?…えぇっぇ?…丸井?正気?だって…兄妹…」
「正気かだって?!」
のを掴む手に、グッと力が入った。
がの顔を覗き込むと、はいきなり崩れるように床にしゃがみ込んだ。
「正気なワケないじゃないっ!!!」
「ま、まるい?」
「…そりゃ世間からは白い目で見られますとも。ねぇ…兄貴をスキになってはいけないのですかっ?」
「ちょ、ちょっと…ま、丸井…」
床で泣き崩れるを前に、仁王はハァと小さくため息をついた。
「、どうどう。いいから落ち着け。」
そっと背中をさする仁王の手をは振り払うと泣きじゃくりながら仁王を睨んだ。
「お…落ち着いてなんか…いられますかぁっ!!」
「…いい加減にしないと怒るぜよ。」
「だってだってだってぇっ…」
バシンッ!!!
「〜痛ッ…」
大騒ぎするを仁王が拳で小突くと、はようやく大人しくなった。
それをポカンとみていたはハッと我に返って、仁王の顔をみる。
「…つまり…近親相姦…ですか?」
「ちょっと違うな。」
「え?」
仁王はすっかり大人しくなったの頭をポンと叩くとこう言った。
「コイツの両親は、コイツが6歳のときに他界しとる。つまり、は丸井家の養子じゃ。」
膝を抱え込み、俯いていたは
そっと顔を上げると表情を変えずに呟いた。
「兄貴…ブン太とあたしは血が繋がってないんだよ。」
4ヶ月ぶりの執筆活動に冷汗が。。
次回はいよいよドキドキの進展が?!
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