「ブン太ぁ…。」

目にいっぱいの涙をためて、 は俺のシャツの背中を掴んできた。
小さい頃から毎度の事だから、これが何を意味するのか予測がついている。
俺が の頭をポンポンと軽く撫でると、 は今にも死にそうな声を発した。


「失恋した…ブン太……ケーキ作って。」

「はぁ?またかよ。」




― ずっとずっと ―






「…今度で何度目だよ。まったく、やってらんねー。」


生クリームをホイップしながら、ブツブツと俺が文句を言う。
めんどくさくてしょうがない。
そう思っても作ってしまうのが俺の性だなと思う。


「だって…」

「お前さ、告っては振られ、告っては振られしてんだろ。バッカじゃねーの。」

「違うっ!今回は告られて振られたの〜!!……『なんか思ってた子と違う』とか言われてさ…。」

「あぁ〜、お前、見た目と中身のギャップがあるからな〜。」

「うぅぅ…」


焼きたてのスポンジに薄く生クリームを塗ると、そこに小さく切ったフルーツを乗せていく。
フルーツを乗せたスポンジをロールケーキ状に小さくクルクルと巻いていく。
クリームの甘い香りが部屋中に漂った。


「まぁ、告ったヤツのキモチもわかんなくはねーけど。 って黙っていれば結構イイ線いくんだけどな。」

「え?なになに??どーゆーイミ?」

「口開くとこれだもんな。そいつも下手に声かけねーで夢だけ見てりゃ良かったのにさ〜。」

「…バカブン…。」

「ちょっと待て。それ『バカボン』みたいだからやめろよ。」


の一言にちょっとムッとした俺は、ケーキを作る手を止めた。
はしばらく黙って俺をじっと見ていたが、ふっと笑ってこう言った。



「天才的バカブン。」

「ほぉ〜。そんな事言うヤツに俺のケーキは食わさねーぜ。」

「あ、え!!やだやだやだっ!!!…ケーキ…食べたいよぉ。」


まるで泣き出しそうな幼子のように、 は上目使いで俺をみた。
俺はわざと意地悪く声トーンを変えて言葉を続ける。


「別にケーキ食いてぇなら、駅前のケーキ屋で買って自分ん家で食えばいいだろ〜。」

「…!…」

「わざわざ俺のケーキでなくてもケーキならこの時期、そこら中に売ってるしな。」

「…やだ。…ブン太のケーキが食べたいよぉ…。ブン太のじゃなきゃ嫌だ!」

「どーしても食いたい?」

「どうしても食べたい。」

「んじゃまずバカブンって言った事謝れぃ!!」

「き、気にしてたのっ?!…ゴメン。」


妙に素直に謝るから、俺はちょっと優位に立ったような気がした。
だからだろうか?
こんな行動に出てしまったのは。




「しっかたねーな。」

俺はそう言いながら、抱えていた生クリームのボールに指を突っ込むと
の口の中に指を入れた。


「//…ブン太?!!!」

「ココアパウダー入れてみたんだけどどう?」


真っ赤になって困ってる
こういう反応がたまらなく楽しい。


「え…あ、うん。美味しい。」

「なんか足りなくねぇ?」

「へ?」

「何が足りないと思う?」

に顔を近づけると
はさっきよりも赤い顔で俺をみている。

「あ、あ、愛とか…??」


明らかに動揺してる。
コイツを振った男のコトとか失恋したコトとか
今、この瞬間は の頭に存在してない。
今、この瞬間は俺の事しか目に映ってない。

そう思うと何故だろう?
思わず俺の口元がふっと緩んだ。


「そうなんだよなぁ〜。失恋したヤツのために作ってるケーキなんて所詮愛が足りねぇよな。」

「愛がなくて悪かったなぁ〜。」

「ん〜、いっちょ愛込めるか。」

「え?どうや…」


そう言いかけた の言葉を、俺は無理矢理遮ってやった。
触れた唇は、ほろ苦くてほのかに甘い生クリームの香りがした。
は不思議と抵抗しなかった。



「よし。これで愛もバッチリだな。」

「…。」



そう言うと、俺はケーキ作成作業を再開した。
巻き上げたスポンジに、ココアパウダーを混ぜた薄茶のクリームを塗っていく。
塗ったクリームの上にフォークで線を入れ、仕上げにデコレーションの飾りやイチゴを乗せた。



「おっしゃ!完成☆」

「…。」

「お〜い、 ?完成したぞ〜。お前が希望したんだろ。拗ねてないでちゃんとみろよ。」

「…。」


がふてくされたような、困ったような、そんな様子でしゃがみ込んでいるから。
俺は、 の鼻先に今出来上がったばかりのケーキを近づけた。
は、おそるおそる顔を上げたが、次の瞬間パァっと表情を変えた。



「うわぁ〜、すごぉ〜いっ!ブン太天才的っ!!!!」


は嬉しそうに目をキラキラさせている。
そんな様子が可愛くて、 をみていると胸の奥が変な感じがした。
動揺を悟られないように、俺はあくまで冷静に言葉を続けた。


「季節モノってコトで『ブッシュ・ド・ノエル』にしてやったぜ。」

「食べていい??」

「食うために作ったんだろぃ。俺の分も半分残せよ。」

「うん、うん、うん♪」


は、ケーキ用のナイフでケーキを二等分すると
てきぱきと皿に移し、フォークと紅茶を用意した。
ホントさっきまでの様子が嘘みたいだ。



「いっただきます☆」



本当に幸せそうにケーキを眺める をみて
本当に嬉しそうにケーキを頬張る をみて

本気で誰にも渡したくないと思った。













「明日、もう一個ケーキ作ってやるよ。」

「え?」

「明日は誕生日だろ。クリスマスケーキと一緒にされるの嫌いだもんな。」


はフォークを加えたまま、一瞬戸惑った顔をしたけど
俺に飛びっきりの笑顔でこう言ってくれた。


「ありがとう、ブン太。」


この表情はなにがあっても誰にも譲れない。
たぶん一生。




自分誕生日なので思わず書いてみた話。
誕生日ケーキが売ってなくて凹みました。

2004年12月25日     克己