「仁王くん、前から言おうと思ってたんだけど…」 「…なんじゃ?」 放課後。 誰もいない教室に二人っきり。 そして、わざわざ机に入っていた呼び出しの手紙。 正直…またかと思った。 女子という生き物はどうもワンパターンでムカツク。 わざわざこんな風にシチュエーションを作ったところで 大して興味もない人間からやられれば 苛立ちがつのるだけだというのに。 しかもただの同級生。 口を交わしたこともないくらい 薄っぺらい関係。 そんな人間に呼び出しをくらったところで どうしろというのだろうか。 「仁王くん!!演劇部に入りませんか?」 「は?」 「だから、関東大会でテニス部の応援に行って見てて思ったんだ。 あれだけ完璧な変装できる人間ってそういないって。 しかも顔だけでなくて声とか仕草や口調や技まで。 アレすっごかったよねー。私もホントびっくりしたよ。」 あまりに突拍子なくこんな話をされて納得する人間がいるだろうか? …少なくとも俺には無理じゃ。 「向こうの学校だけじゃなくて、うちの生徒まで騙しちゃったわけだしさ。 運動部の引退は9月じゃない。文化部って引退1月だから。 その才能を生かしてその期間だけ演劇部に入部しましょうって話。」 「ちょ、ちょっと待て。…一気にしゃべるな。」 「へ?あ、わかんなかったんならもう一度…。」 「違っ!!わかったからもうしゃべらんでえぇつー事じゃ!!」 「え?わかった?…って事は演劇部入部OKって事だね!! ありがとう!!じゃあ部長に伝えてくるね〜♪」 「お、おい!!待ちんしゃい…ってアイツ速いのぅ。」 こうしてなんだかわからないうちに 俺は演劇部に入れられた(?)のであった。 次の日の朝、ヤツはいきなり襲撃してきた。 「おはよー。仁王ちゃん☆」 「仁王ちゃんって呼ぶのやめんか。」 「へ?んじゃあ…雅治ちゃ…。」 「余計悪いわっ!」 「ん〜、しょうがないなぁ。じゃあわたしの事、 って呼んでいいから。」 「呼ぶわけなかろうっ!」 はたから見れば仁王が一体どうしたのかという状況であった。 たとえどんな試合中でも冷静さを失わないペテン師が。 たかだかクラスの女子一人に声を荒げているのだから。 「それはともかく仁王ちゃん。今日から放課後練習に来てね。 一人がイヤなら丸井くんとか柳生くん連れてきてもいいから。 あ、でも連れてきてくれるなら丸井くんよりも柳生くんかな。 柳生くんの仁王ちゃんもそっくりだったよね。 後から考えるとぷりっ≠ニか言ってておかしかったけどさ。」 「アホ。比呂士まで巻き込めるわけないじゃろ。」 「えぇ〜!だって仁王ちゃんひとりじゃ逃げそうじゃん。だから..」 「逃げん。逃げんから…そのマシンガントークやめんしゃい。」 「本当?じゃあ放課後拉致りにくるから〜♪」 まったく..。 案の定、 は授業が終わるとまっさきに俺のところに来た。 しかも は俺の左腕をがっちりと掴みやがった。 の手をはずせないこともなかったが、約束した手前ついて行くことにした。 ガラッ 「 部長!期待の新人連れて参りました☆」 演劇部の部室内は一瞬静まり返った直後、ものすごいざわめきに包まれた。 「 先輩!!誰?誰?このカッコイイ人!!もしかして彼氏??」 「テ、テニス部生レギュラー!!!!凄い凄い!!!」 「って事は仁王先輩?! 先輩!!この人は本物?!!」 …女子共の黄色い声。 うるさい。 そう思った矢先 ポコッ パコッ ビシッ バシーッン!! といういい音が教室内に響き渡った。 「痛っ!! なにすんのさ!!」 他の部員はあっけにとられたような顔で静まり返り だけは痛そうに頭をさすりながら、自分を殴った女( ?)を睨んでいた。 「うるさい…っていうか うざい。」 「…ってわたしだけかよ!!!」 「はいはい。 ちゃん。おとなしくしてようね。」 「うぅ…わたしじゃないってば。」 はまるで主人に怒られた子犬の目つきで を見上げた。 「はいはいはい。わかったから。で、彼は誰?」 「だ〜か〜ら、例の仁王だってば!!」 「あぁ、 ってば本当に連れてきたんだ。」 「って冗談だったの?!!!」 「いや、冗談じゃないけど。まさか昨日の今日で本当に連れてくるなんて。」 「…すまん。話がみえんのだがのう。」 俺が質問すると はてきぱきと説明してくれた。 「あ。つまり、文化祭間近なのに部員が少ないから、昨日の部活で『一人部員一人確保』を言 い渡したんだ。 そしたら、早々に が連れてきたという事。というわけで、今から辞めるのは不可。」 「なにやるかも聞いとらんが。」 「だいじょーぶ☆仁王ちゃんの台本は…はい、ここに☆」 そして がにっこり笑いながら俺の手のひらに台本らしきモノをちょんと載せてきた。 ブルーの表紙紙に黒く印刷された文字がいかにも台本という雰囲気を出している。 ぱらぱらとめくると真新しい紙の匂いがした。 「『ロミオとジュリエット』?」 俺は怪訝そうな顔で台本を睨んだ。 「あ、結局文化祭はロミジュリになったんだ!! 部長なんで?」 「ロミオ出来るやつが来たから。」 は明らかにそういいながら俺をみた。 も納得したように微笑んでおる。 …ハメられた。 「嫌じゃ。」 「えぇ!!仁王ちゃんってばひど〜い!!即断らなくてもいいじゃん!!」 「裏方ならやってやらん事もないが。」 「そ、そんなぁ…せっかく男子入ったのにぃ。…じゃあ 部長!!ロミオ頑張ってね☆わたしは 音きょ…。」 「なら、 はジュリエット決定。」 は の言葉を断ち切るように ビシッっと宣言した。 の表情が露骨に嫌そうな顔になってる。 「ぅえぇぇぇぇっ!!!やだやだやだ!!!なんで?!!!」 「あんたが仁王くん連れてきたんだから の責任。はい、決定。変更不可。」 すさまじく威圧感のある笑顔。 のヤツ、演劇部の幸村じゃのう。 俺は少しだけ が気の毒に思えた。 まぁ自業自得な気もするが。 こうして演劇部の稽古が始まった。 始めは俺もいやいやじゃったが、意外に芝居の稽古というのは面白かった。 そしてなによりビックリしたのは… 『おぉ、ロミオ、どうしてあなたは「ロミオ」なの?』 『あぁ、麗しのジュリエットが俺の名を呼んでいる…』 『私を想うなら、あなたのお父さまをすてて…』 『今すぐ、名乗り出るべきか、いや、もうちょっとこのまま…』 『…もしそうなさらないなら、私への愛を誓って欲しいですわ。』 「…お前、役をやっているときだけは女らしいの。」 「…演技ですから。」 素に戻った瞬間に は本気で嫌そうな顔でふてくされていた。 部活が終わったというのに が部室から動かんから俺も気になって動けなかった。 だれも居ない部室に二人はぽつんと座っていたのだった。 「ジュリエット不服なのか?」 「…わたし、悲劇のヒロイン演るのキライなの。」 「ほぉ〜。」 「演るならまだ男役のがいい。…芝居好きだけど裏方が好きなの。」 「十分上手いぞ。お前のほうがよっぽど『詐欺師』じゃ。」 「だって…実際こんな話がだいたいあるわけないじゃん!!こんな風に恋に落ちるのもそもそ もおかしい!!」 「そうかの?」 「そうだよ!だってさ、12〜16歳っていったらうちらくらいでしょ!そんな年で心中するなんて 馬鹿だよ!!」 「それだけお互いに本気だったんじゃろ。」 「でもさ…たとえ本気でも死ぬのは馬鹿だ。ロミオが一番馬鹿だもん。」 「なんでじゃ?」 「ジュリエットを信じなきゃ駄目だよ。死んでないって。それに…」 は自分の膝に顔を埋めた。 声が震えている。 「たとえ…好きな人が死んじゃっても…自分は生きなきゃ駄目だよ…。」 「…。」 「死んだって…幸せ…に…なれるわ…けない…じゃん。」 無意識に俺の右手はそっと の頭を撫でていた。 嗚咽で肩が震えている。 「それに…二人が死んじゃっ…て…ようやく大…人が…目を覚ました…みたいな終わり…嫌 い。」 「…。」 「…。」 「……。」 「……ごめん。仁王ちゃん、帰ろっか。」 顔をあげた はいつもの元気ハツラツな笑顔だった。 ただ瞳がほんのり赤くなっている事を除けば。 「…大丈夫か?」 「ん?なにが?」 「無理はするな。」 「無理なんかしてないよ。さー、お腹も空いたし、とっとと帰ろう♪」 …嘘つきめ。 いつも以上に元気そうな振る舞い。 俺の目には明らかに空元気に映った。 あれから2週間。 仁王ちゃんは嘘偽りなく約束通り演劇部に来てくれた。 そして、わたしは…ジュリエットの台詞に四苦八苦していた。 「…ねぇ、 。よく読むとやたらキスシーンあるよ。」 「そりゃね。ロミオとジュリエットだから。」 「やだやだやだぃ!! とキスなんか出来るかっ!!」 「なんで、 とキスしなきゃいけないの。フリに決まってるじゃん。」 「でもでも、それでも恥ずかしい…。ラストのこのシーンとか!!」 「あぁ〜はいはい。芝居なんだから…」 ピンポンパンポーン が答えようとした矢先。 タイミング良く校内放送が流れた。 『各部の部長さんは部長会があるので至急大会議室に来てください。』 ピンポンパンポン。 「あ…呼ばれた。よし、じゃあ私行ってくるから、仁王くんと練習してて。」 「ちょ! っ?!!」 「サボるなよ〜。」 パタン 閉まる戸をわたしは忌々しげにみつめた。 それと同時に仁王がわたしの肩をポンッと叩いた。 大胆にも仁王はそっとわたしの手を取るといきなり手の甲に小さくキスしてきた。 「な、なな、に、仁王ちゃ…///」 『貴女のこの手は聖地。もしこれに手を触れて汚したのであれば、俺は赤面した巡礼です。』 …え? 『その償いのためにこの唇にキスさせてもらえないでしょうか。』 わたしは大慌てで逃げようと思ったが反射的に次の台詞を続けてしまった。 『じゅ、巡礼さま。あなたのご信心はあまりにもお行儀よく、お上品でございます。』 触れられている手が熱い。 血液がそこに集中してるかのように。 『聖者にだって手はございますもの、巡礼がお触れになってもよろしゅうございます。でもキス はいけませんわ。』 『何故?聖者には唇がないのですか?それに巡礼には?』 『いえ。』 仁王の手をなんとか外すとわたしはさっと少し後ろに下がった。 これ以上接近しては心臓がもたない。 もとよりこの場(シーン)が一番恥ずかしいというのに。 『お祈りに使わなければならないのですから、唇はございます。』 わたしがそう続けると仁王はフッと優しく微笑んだ。 とても演技とは思えないくらい綺麗な笑顔に魅入ってしまいそうになる。 『それならば、俺の愛する聖女さま。』 いつのまにか腰に回されてる手を妙に意識してしまう。 このままでは本当にキスされてしまうのではないかと心臓がドキドキしてる。 『俺の祈りを聞き届けてください。でなければ、俺は絶望してしまいます。』 右頬に触れられた手。 接近してくる端麗な顔。 囁かれるようなグッとくる言葉。 わたしの思考から ここが部室で今は部活中だという事が バッチリ抜け落ちていた。 そのため 思わず、わたしが目を閉じてしまったのと ガラッと部室の扉が開いたのと 仁王ちゃんの唇が左頬に触れたのは ほぼ同時の出来事になったのであった。 「!! っ//」 「へぇ〜。うまいじゃん。ちょっと飛躍しすぎな箇所もあるけど。」 納得したような表情で は仁王をみた。 「…凄かったですっ!!」 「うんうん!二人共すっごいナチュラルだったよっ!」 「絶対ロミオ、仁王先輩が演ったほうがいいって。あの 先輩が可愛くみえたもん。」 「……だそうだけど仁王くん。ロミオ演る?」 仁王は少しなにか考えてからわたしをみた。 「そうじゃなぁ… がジュリエットをするなら演ってもいいかもしれん。」 「なっ!」 何を言い出すの!!ばかちんっ! わたしは真っ赤になったまま開いた口がふさがらなかった。 さながら金魚のように口をパクパクしながら 仁王を指差してアホっ面で固まっていた。 「う〜ん、まぁ本人がやる気出したんならいいんじゃない?」 「っぅええええ!! 本気っ?!」 わたしは思わず の両肩を掴むとすごい勢いで叫んだ。 確かに仁王ちゃんは上手いと思う。 でも、自分で推薦しておいてなんだが わたしは決して仁王がロミオをするならば ジュリエットを演りたくなんかない。 「だって、台本覚えるの早いし。なんのかんの言って上手いし。」 「そ、そんなぁ〜…勝手に決め…。」 「部長命令。」 はさらりと最高の笑顔で断言した。 部長命令 はたしてこの部活内に のこの言葉に勝てる人がいるだろうか? 絶対にいない!! そのうえ、この事態に反対しているのはどうやらわたし一人のようだった。 ゆえに話はそのまま着々と進行してしまい気が付けば… 文化祭当日になっていた。 「だぁぁぁあぁっ!!ありえない!ありえないぃぃぃ!!」 「 いい加減観念したら?往生際が悪いよ。」 「やだやだやだぃ!!今からでも遅くない! がロミオを演れぃ!!」 「 バカ?もう衣装のサイズは仁王くんで作っちゃってるから無理。」 「じゃあジュリエ…」 「絶対にイ・ヤ。なんでヒロインなんか演らなきゃいけないの。」 「そ、それはわたしも同じだもん。」 「そもそもそれは の役なんだから今更どうこう言わないでちゃんと演る。」 「ばかぁ…。」 「はいはいはい。わかったから早くスタンバイする。じゃないと本気で怒るよ。」 やばい。 の目がマジだ。 動物的カンが身の危険を感じたため わたしは諦めると舞台袖へと赴いた。 比較的マンモス校の私立中学が一般公演しているため たかだか中学の文化祭とはいえどかなりのお客さんが入るらしい。 「…うへぇ…嫌だなぁ…。」 カーテンの袖から客席を覗くとなぜか例年になく人が入っているのが見受けられた。 とくにやたら女の子の入りがいい。 普段ならば客席の半分も埋まればいいほうだというのに。 「あれ?あれれ?な、なんでこんなに混んでるの??」 「そりゃぁ仁王先輩が出てるんですよ!!観にくる女の子絶対多いですよ!」 「は?だ、だって大学とか高校生も来てるよ。」 「 知らないの?仁王くん年上のお姉さんからもかなり人気あるよ。」 「な?なにそれ??」 「それに今回は男子テニス部が裏方で手伝ってくれてるからね。」 「一目見ようとファンのコが来ているんですよ。」 「あぁ〜。」 そうなのだ。 今回、仁王ちゃんをうちの部に入れた事で 引退した3年の男子テニス部が協賛してくれる事になった。 (仁王ちゃんが無理矢理連れてきたともいう。) 「おい、 部長。この機材どこに運べばいいんだ?」 「あ、桑原くん。そっちにお願いね。」 「おい!丸井!!お前もちゃんと運べよ。」 「やだーい。ジャッカルきりきり運べぃ。」 「お前何しに来てんだ!!」 「舞台裏見学。」 「ふざけんじゃねぇ!!」 「丸井!!さぼってるんじゃない!演劇部に迷惑だ!たるんどる!!」 「真田〜、俺別にさぼってねーよ。 俺のぶんジャッカルが働いてるから。な、ジャッカル。」 そんな会話をしながら機材運びをしている男子共を うちの部の子達はキャアキャアいいながら見ていた。 「…はぁ。」 「なにため息ついとる?」 背後から声をかけられて わたしはビクッっとなり振り返った。 「仁王ちゃん、わたし演りたくない。」 「ならやめるか?」 「いや、ちゃんと演るけどさ。もうこんなにお客さん入ってるしね。 でもね、やっぱり悲劇≠チて好きじゃないから。とっとと終わらせよう!」 「ぴよ。」 「ぴよ?」 「お前はこの話の結末に納得いってないんだったな。」 「あ、もうそれは仕方ないよ。」 わたしがそう答えたとき 仁王ちゃんはポンとわたしの頭に手を乗せてきた。 「俺ならお前を信じる。」 「え?」 「なんとかしてやる。」 「仁王ちゃん?」 歓声と共に幕が開き 公演本番は始まった。 わたしの胸の中で仁王の言葉がやけにひっかかりながら。 『ああ。彼らの刀20本より貴女の瞳の方が俺には恐ろしいのです…』 『どうやってこの場所に入ってきたのですか。どなたの案内で?』 『愛に導かれてやってきました。』 『あれはひばりではない。』 『いえ、あの歌は間違いなくひばりの声。』 『ちがう。あれは夜鳴くナイチンゲール。あれはひばりではない!!朝はまだ来てはいない。』 『この薬を飲みなさい。薬を飲んでから42時間たつと朝目が覚めるみたいに必ず目覚めるので す。 あなたが目覚める前に、この計画についてあなたの夫に知らせておきます。 彼は夜のうちにやってきて、あなたをマンテュアへ連れていくでしょう。』 芝居は着々と進んでいった。 ロミオとジュリエットが恋に落ち 婚礼を二人っきりでこっそりと挙げ 幸せにひたりながら 夜を待ち遠しくおもっていたというのに ジュリエットの大切な従兄弟ティバルトが ロミオの大切な友人を殺害してしまい 怒りと憎しみでロミオがティバルトを 殺害してしまう。 そのため、ロミオは国外追放。 一方ジュリエットは、 父の命により無理矢理パリスという男と婚約させられてしまう。 パリスと結婚したくないと思ったジュリエットは 修道士からもらった偽の毒薬を飲み、死んだ事にして埋葬され 42時間後にロミオに迎えに来てもらうはずであった。 場面はクライマックス。 が一番嫌いなシーン。 ロミオがジュリエットの婚約者パリスを殺害し ジュリエットに口づけをしてから 毒薬を飲むシーンだった。 『死神が貴女を慕ってなぐさみのためにそこへ置いているようだ。まだ貴女は生き生きとして花 のよう…。』 『…。』 『……。』 『………。』 …? 間にしてはやけに長いなぁ? 仁王ちゃん? わたしは不思議に思いうっすらと眼を開けた。 「おい、起きろ。」 は、はいぃ? 「お前は毒で死ぬほどやわじゃないだろ。」 仁王ちゃん?? な、なにを言い出してるの? 「たとえなにがあっても生きてると信じろと言ったのはお前だろ。」 もしかして…アドリブ?? でも… どうしたらいいの?? 「いい加減…目あけたらどうだ。」 その言葉と共に 唇がわたしの唇に触れた。 …ってえぇえぇ?? もしかしてホントにキスされてる?! 幸い仁王は客席に背を向ける形でわたしにキスをしてきたため 観客はだれひとりこの事態に気がついてはいなかった。 「…。」 「…。」 初めは触れるだけのキスだったのに 次第に舌が口内にしてきた。 おいおい!! 仁王ちゃんなんて事を/// 大パニックなうえに たったいまファーストキスを奪われたキス初心者なわたしは 呼吸をどうしたらいいのかわからず 息を止めてしまった。 だが、あまりの長さに呼吸困難。 「…ん!んん!!!んん!!…死ぬ死ぬ死ぬってばっ!!!」 わたしは思わずロミオ(仁王)を押しのけて、ガバッと起き上がった。 「やっと起きた。」 「…ハァ…ハァ…ぜぃ…なんて事するの。」 「お前が起きないのが悪い。」 そう答えると、仁王はわたしを抱き上げて いわゆるお姫様ってやつをした。 「ジュリエット。このような場所に長居は無用だ。逃げるぞ。」 「え?」 「こうしてる間に追っ手が来るかもしれない。一緒に来てくれるな。」 「あ…、は、はい。」 わたしが答えるとなんと大胆にも 仁王は舞台の壇上からわたしを抱えたまま飛び降りて さっさと体育館から脱出(?)してしまったのであった。 観客があぜんとしてる中で の声が 『…こうしてロミオとジュリエットは無事に愛の逃避行を遂げたのでした。』 と言っているのが聞こえた。 「に、仁王ちゃん。いい加減おろしてよ。」 わたしは、衣装のまま抱きかかえられて運ばれた。 仁王はテニス部の部室に着くと、部室内にあるベンチにわたしをそっと降ろしてくれた。 「どうじゃ?大成功だろ。」 「キ、キスは余計だった//」 「お前が起きないのが悪い。」 「だ、だって勝手に台本変えられないもん。なんであんな事したの!」 「 がラストシーンが嫌いだというから俺達らしくしてみただけだが。」 「で、でもキスは…余計だったもん。」 そう。 よりによってファーストキスだったというのに。 しかもあんなに長くて濃厚なキスを人前でされてしまったなんて もう恥ずかしくて部活に行けないじゃないか。 「好きなヤツにキスして何が悪い。」 「は?!な?好き??誰が何を??!」 「俺がお前を。」 「…ひゃ?ひゃいぃ??い、いつから?!!」 「さぁ?気が付いたら。きちんと意思表示はしてたが。」 「ど、どこで?」 「台本の読み合わせのときとか。」 「あぁ〜!!あれは演技だと思ってた。仁王ちゃんだし。ホッペだったし。」 「いくら俺でも好きでもないヤツにキスとか出来るわけないじゃろ。」 「…ん?ちょ、ちょっと待って?!それってつまりあれらは本気の行動?!」 「だからそう言とるが。」 「…///」 顔が火照って熱い。 わたしが両手で自分の頬を覆うと体温上昇してるのがわかる。 仁王ちゃんは、そんなわたしのてのひらの上に自分の両手を重ねてきた。 「貴女のこの手は聖地。もしこれに手を触れて汚したのであれば、俺は赤面した巡礼です。」 …あ。 「その償いのためにこの唇にキスさせてもらえないでしょうか。俺の愛する聖女さま。 俺の祈りを聞き届けてください。でなければ、俺は絶望してしまいます。」 わたしが覆っていた両手を顔から降ろすと 仁王はわたしをじっとみた。 わたしが無言で目を閉じると そっと唇を重ねられた。 悲劇のヒロインは嫌だけど 仁王ちゃんがロミオならジュリエットもいいかなって思った。 きっと 一緒にしぶとく強く明るく生きてくれるから。 葵さんに6300番でキリリクしていただいた『仁王夢』。 相変わらず口調難しい。 シェイクスピア大好きなのでまた演劇ネタは書きたいなぁ。 2004年9月20日 克己 |