ある晴れた日の午後。

「あのーすみません。」



青春学園男子テニス部の部室に似付かわしくない可愛らしい声が部室に響きわたった。

着替え中だった桃城武と海堂薫はビックリしたが桜乃が越前を尋ねてきたのだと思い、

いつものおどけた調子でドアを開けた。



「はいはぁい、越前ならまだコートにいるぜ。」

「あ、いえ。越前ではなくお兄ちゃんいますか?」



するとそこにはやたら小柄な女子生徒が立っていたのであった。

栗毛色でさらさらのまっすぐな猫っ毛。

くりくりとした子犬のような大きな目。
華奢そうな白い腕。

柔和な笑顔。

まるで柴犬の子供を思わせるようなコだ。





(か、可愛いっ!!)






一瞬にして二人の脳裏にはその単語が浮かんだ。

「お前の兄はうちの部なのか?」

海堂がそうたずねると女の子は嬉しそうに笑った。


「あ、はい。兄ちゃ…兄は一応レギュラーです。」



(レギュラー?!)


桃は海堂の肩を叩くとひそひそ声で聞いた。


「おい、マムシ!あのちびっこの兄ってのは誰だぁ?」

「しるか、バカ。…だが、あの小動物のような雰囲気は菊丸先輩じゃないのか?」

「いやぁ、あの色素の薄そうなさらさらの髪とやたら愛敬のある笑顔は不二先輩っぽいぜ。」

「あの笑い方、どっちかってぇとタカさんじゃないか?」

「あーぁっ!もしかしたら意外性をついて手塚部長かもしれねぇしな。」


「…。」


無言で悩みはじめる海堂をみて桃は本人に聞いてみる事にした。


「なぁ、おじょうちゃん。君のお兄さんってのは誰なんだ?」




「あ、はい。兄は…。」


女の子が答えようとした瞬間


「あれ? ちゃん。遊びに来たの?」

「あぁーっ! ちゃーんだにゃーv」


彼女の言葉は河村隆と菊丸英二の乱入によってかき消された。

「わ〜いv俺に逢いにきてくれたのー?」

菊丸は に抱きつくと腕の中に彼女をすっぽりと抱き締めた。



「あのー、もしかして菊丸センパイの妹さんッスか?」

「は?ばっかだなあ、桃ってば。そんにゃわけないだろー。

ちゃんは俺のお嫁さん候補なんだからー♪」

その言葉に は真っ赤になった。

「え、英二センパイってばなに言ってるんですか!?」

は必死で英二の腕の中であたふたとあばれた。


「お嫁さん候補?!」

「ち、ちがいます!ちがいますよぉ!」

「えー、俺は本気にゃのにー。俺 ちゃんの事ダイスキだもんv」

「で、でも話がぶっとびすぎです!!」


「俺、結婚したら毎朝、あさごはんにふわふわオムレツ焼いてあげるよーv」


「…ふわふわオムレツvv…って!ちがうってば!そういう問題じゃなくてですね!!」




「ならタカさんの妹さんッスか?」

「いや。違うよ。ねぇ、 ちゃん。」

は話をふられて菊丸に抱きつかれながらも縦にこくんとうなずいた。


「タカ先輩も違います。私お寿司屋さんの娘だったらお店が破産しちゃいますよ。

河村寿司美味しいものv」

その言葉に一瞬河村はドキッとしたが平常を装い優しく返した。

「今度、兄妹でうちに寿司食べに来なよ。ごちそうしてあげるから。」

「ありがとうございます!必ず行きますね。」


が柔和な顔で微笑む。


(カワイイなぁ…。)
それをみて河村は少し赤くなった。


「…じゃあ一体誰の妹なんッスか?」

「ん?そりゃ…。」


といいかけると菊丸は悪戯っぽくにやっと笑った。


「トップしーくれっと♪なーんてねんっ★」


「えぇーっ!なんでッスか!?」


「だって ちゃんってば、こんなにこんなにこんにゃに可愛いんだもんv

だから ちゃんの事は丸秘なのー。」

そういいながら英二は の頭をなでなでする。

細い髪がふわっとたなびいた。



「菊丸センパイ!どさくさに紛れてなにベタベタしてるんッスか?!」と叫ぶ桃城。


その様子をみて

(あの毛並み撫でてみたい…。)と海堂は密かに思ったが口には出さなかった。

「ハァ…兄ちゃん早く来てよ。」




とそこに…

「ちわッス。」


ファンタを片手に越前リョーマがドアを開いた。


「おっ!実は越前の妹!…なわけないかぁ、さすがに。」

桃はそう言ってあははと笑った。

「何ソレ?」と言ってからようやくリョーマは菊丸の腕の中にいる人物に気が付く。

「? なんでこんなトコにいんの?」


「…越前、お兄ちゃん知らない?」

「あぁ。まだコート整備してたケド。」


その会話を聞いて桃が再び叫んだ!


「越前!いけねぇーな!いけねぇーよっ!!桜乃ちゃんというカワイイ女の子がいながらっ!

お前二股かぁ。おいっ!なにあだな(?)でちゃっかり呼んでんだよっ!」

「…桃先輩、 は同じクラスの同級生ッスよ。」

「あ、あのあだ名はクラス全員がそう呼んでるからです!

名字だとお兄ちゃんの印象のが強いらしくて。」

はあわてて顔を紅潮させながらそういうと

「別にそんなに力いっぱい言うコトもないでしょ。」

そう言ってかすかに不機嫌そうにリョーマはベンチに座った。



「おい越前っ!じゃあお前は彼女の名字を知ってんだな!」

「は?まぁ知ってるけど。さっきから何なんッスか?」

「よっしゃぁーっ!!で、何なんだ?誰なんだぁ?!」

「…早く言え。」

桃と海堂にすごまれてリョーマはあきれ顔で答えた。



の兄は…うぐっ。うぐぐっ。」

「んん?おチビ何も知らないよな〜。なんたってトップしーくれっとだもんにゃ〜。」

菊丸はとっさにリョーマの背後に回ると口をしっかりと押さえ付る。

「うぅぐっ。うぐぐぐっ。」

リョーマが生け贄(?)になったためやっと解放された はふぅと一息ついた。

「あ、あの私、さ…。」

「ちょっと!菊丸センパイ卑怯ッスよ!なんでそんなにひた隠しにするんッスか!」

桃はそう言ってムキになる。

「うぎゅ!うぐぐっ!」

「だ、大丈夫?!き、菊丸、越前絞めてるよ。」

河村が菊丸を止めるがまったく聞いていない。

「だから!トップしーくれっとなんだってばー!!」


河村の心配通り相当強く抑えられているらしく


普段は冷静なリョーマが菊丸の腕をバンバンと叩いた。


どうやら息が苦しい模様である。



「え、越前っ!だ、大丈夫?!英二先輩、越前が死んじゃう!離してあげてよぉ!」


がそう叫んだその瞬間、また部室のドアが開いた。


「そうだぞ!…英二、越前を離してやれ。後輩をからかい過ぎだ。」

ちゃんをあんまり困らせちゃダメでしょ。」


そこには大石秀一郎と不二周助の姿があった。


「ちぇっ。つまんないのー。」と菊丸はリョーマから離れた。




「ケホッ…死ぬかと思った…。」





ちゃん大丈夫?英二になにかされなかった?」

その合間に不二はちゃっかり と話をしていた。

「あ、私は大丈夫…いつものコトだし。だけど越前が…。」

「越前なら大丈夫だよ。あのくらいなら越前もいつもの事だから。」

そう言って不二はそっと の髪を撫でた。

「それよりも ちゃんが無事で良かった。」

不二はそういうとにっこり笑って頭を軽くポンポンとした。





「あぁっ!みろよ海堂っ!やっぱあのチビッコ不二先輩の妹だぜ。

あの雰囲気は仲良し兄妹そのものだっ!」

「…。」

それを聞いた不二は桃城が満足気に納得したのをうちやぶるかのように

いつもの調子で答えた。


「残念ながら僕は ちゃんの兄じゃないよ。ね、 ちゃん。」

「あ、うん。周助先輩もお兄ちゃんじゃないです。」

「って事は…ちきしょーっ!また振り出しに戻るかよっ!いいかげん兄とやらは誰だ?

こうなってくるとやはり部長なのかぁ?」

「部長って…国光先輩ですか?!それはないですよぉv

あんなカッコイイ人と私が兄妹のわけないじゃないですかv」

手塚の名前が話にあがった瞬間今までにないくらい は幸せそうに笑った。


「… って部長がスキなの?」

その発言にビックリしたように越前が口を開いた。

「ん?国光先輩カッコイイもん//私、お兄ちゃんよりテニス強い人が理想なんだv」

その言葉を聞いて越前はにやりと笑った。





「俺、 のオニイサンに勝ったケド。」




「えぇっ!越前強いんだね!」





「そしたら俺、あんたのカレシ候補なの?」






いぢわるく越前が のおでこをちょんっとした。



「え、越前っ?!//」



「おぃおぃおぃっ!越前お前ってヤツは何言ってやがるっ!!」


「…冗談ッスよ。」


そう言うと越前は帽子のつばをひっぱって顔を隠した。




「ねぇねぇ、 ちゃん♪じゃあ俺がアイツと越前に勝ったらお嫁さんになってくれるの?!」


その話を聞いて、すごく嬉しそうに の周りを飛び跳ねる菊丸。




「ふふ。シングルなら英二より僕のほうが上手いと思うけど。どう?僕とつきあってみる?」


そしてにこやかに笑う不二。


はびっくりして目をぱちくりしていたが自分の発言の重大さに気が付き、

かぁっと頬を染めた。







「…なぁ。さっきから思っていたんだが…。」

そのときずっと黙って成り行きを聞いていた海堂が口を開いた。

「ん?なんだ、マムシ。」

「…マムシって呼ぶな!おまえ兄と似てないな。」

「あ、よく言われます。でもお兄ちゃんが眼鏡取らないからです!

それに性格似てるし!ホントは結構にてるんです!」

「いや性格も似てないと思うんだが。」

「ま、まむしっ?! ちゃんの兄の正体わかったのかぁっ?!」

「オマエ、まだわからんのか…。」

「桃ってば、にぶすぎー。」

「な、なんなんだよっ!わかってねぇの俺だけかよっ!!いい加減教えてくれっつーの!」

「桃先輩、あの人ッスよ。」















越前が開けっ放しになった部室の扉の前に立っている人影を指差した。

















落ちかけた夕日をバックに逆光を浴びた乾貞治がそこに立っていた。







「いっ?!乾先輩…の妹?!マジでっ?!」






「貞治兄…遅い。」











はふぅと安堵の息をもらすと少しすねた調子で乾に話しかけた。



「すまん。コート整備をしていたら竜崎先生に呼ばれてな。それより何事もなかったか?」





「あ、乾!俺と勝負してよー。」


「勝負?」


「バーニングッ!!俺もやるぜっ!」


「…俺が勝ったら頭を撫でてもいいか?」


「どーせならトーナメント戦にしちゃえば?」


「勝ったら ちゃんをお嫁さんにもらうからねん☆」


「(はぁ)英二、本当にいい加減にしろって。」


みんなが二人の会話に乱入する。



「な、なにぃっ?! 、それは本当か!なんだ!嫁っていうのは?!」


「貞治兄より強い人が理想とはイイマシタ…。」


はアハハと苦笑して遠い目をした。




「うん。なんかレギュラーのみんなが、特に、と・く・に・英二が!乾と試合したいんだって。

 もしも勝ったら新作の乾汁をジョッキで飲み干す実験台になるって。

それで生きてたらお嫁さんっていうの考慮してみれば?オニイサン。」

不二はクスっと笑いながらそう告げた。


「なにぃぃっ!あの危…いやドドメい…いや…失敗かもしれな…

いやいや…すんばらしぃ乾汁をジョッキで飲むだとっっ!!」

「お、お兄ちゃん!それって『ウルトラ乾汁.エースOネラエハイパーRemix』の事?!

あ、あんなの飲んだら一発で死んじゃうよ!」

「でもみんな ちゃんの憧れの手塚並に強くなりたいみたいだからいいんじゃない?」

と不二はあっさり言い放ってにっこりと笑った。




「そうか。味はイマイチ(←?)だが乾汁はかなり効果抜群だからな。今回はせんぶりを足して

グレイドアップしてるし。『ウルトラ乾汁.エースOネラエハイパーRemix』を

ジョッキで飲めるくらいのヤツでなきゃ を嫁にはやれんな!」

「な、なんでお兄ちゃんがそんなこと決めるの!!お兄ちゃんも飲めないくせに!!」


「えぇ〜いっ!!うるさ〜いっっ!! のためを思ってばこそだ!!」





この後一同がどうなったかは誰も知らない。





そして



(僕なら乾に勝てるし、青酢以外なら美味しいから平気だな…。)



不二がひそかにそう笑っている事も誰も知らないのだった。








青学逆ハー!!もとい克己節なギャグハー。
水無月さんのリクエスト&サイト開設記念で書きました。

2004年2月28日      克己