(なんで貴方がココにいるんですか…。)




よりによって世界で一番苦手な相手が今私の目の前にいる。


獅子落としのカコンという音。


池付きの大きな庭園。


風流な日本料亭。


私は父にわざわざ新調してもらった藍染の絞りに大きな赤い寒椿のついた振り袖姿。

相手の方はスーツ姿がよく似合う美男子。



ここまでは誰しも一度はやってみたいと思うだろう古風な王道パターンのお見合い

なのに…

私にとっては相手が悪すぎた。





















手塚国光。


私は彼が大の苦手なのだ。


















「どうしましたかな?お嬢さん?具合でも悪いのですか?」

がさっきからずっと一言も話さずに俯いていたためか
手塚の祖父が を気にかけて話かけてきた。
はその言葉に返答しようとしたのだが間入れず母が答えた。

「うふふ。 ってば国光君があんまり素敵でカッコイイから照れてるんですよ。」



素敵?

照れてる?

冗談じゃないわ!


確かに手塚はカッコイイかもしれないけど、
そりゃもうファンクラブの子達がキャアキャア言うのもわかるくらい綺麗で端正な顔立ちだけど
絶対に笑わないじゃない!

そう、私は手塚の仏頂面が恐い。
恐いというかむしろ苦手。


実は私と手塚は知り合いだ。
それも毎日顔を合わす仲なのだ。
だって私こと   は青春学園中等部生徒会役員にして書記なのだから。


個人的には同じテニス部の人気あるレギュラーなら不二や菊ちゃんのほうが正直得意だ。
菊ちゃんは私の幼馴染で昔から意気投合しているし。
不二はけっこういい人だ。
そんなことを考えていたら昨日の会話が思い返された。








「手塚って恐いよー。すぐ『校庭50周』とかいうし。」

「それは英二が言われるような事ばっかりするからでしょ。」

不二がおかしそうに笑うと英二は否定するように続けた。

「それになにが嫌なのかいっつも仏頂面だし。

 あれって部長だからブッチョウヅラ(笑)っていう洒落なのかにゃ〜。」

不二はそんな英二をみてくすくす笑うと をみた。

「でも ちゃんにも不向きなタイプの人間かもね。無口だし。」

「そうそう怒り方が半端なく恐いしなー。」
 
 英二はそういうとため息をついた。

「確かに恐い。」

「だよねぇ。」

  と不二も納得したように苦笑した。

「それなのに明日・・・。」

は肩を小さくすくめた。

「明日?」

「な、なんでもない。」

はごまかすように二人に愛想笑いをしたのであった。








「国光くん、趣味はなにかしら?」

「趣味…ですか?登山と釣りが好きです。」


…釣り?


一本釣り??



「まぐろ漁船??」


…しばしの沈黙のあと、 の母は、 を無視して話を進める事にしたらしい。



「そういえば、国光くんはお好きな食べ物とかあるのかしら?」

母が尋ねると手塚はちょっと悩んだような顔をして答えた。

「そうですね。『うな茶』が。」

…うなちゃ?

なにそれ??

うなぎとおちゃ??

うなぎのおちゃ??


「うなぎおちゃ??美味いの?それ??」

「…お前、うな茶を知らないのか?!」

「知らないよ。」

「くそぉ!来いっ!!」

「はい?」

なぜか知らないけど手塚は私の手を引いて立ち上がらせると部屋の外へと向かった。

「本物のうな茶を食わしてやるっ!」


あれれ?

手塚会長ってこんなに熱い人だっけ??



「あらら、ここは『若い人に任せて』って言ったほうがいいのかしら?」

「ほぉ。国光は ちゃんが気に入ったのか。いってこい。」

おいおいおい。
ちがうだろっ!!ってツッコミを入れたいものの
仮にもよそ様の家族がいるのに、それはマズイって思ったのでおしとどまった。


「はい。お祖父様。しばらく席を外します。」

え。ちょ、ちょっと…。



私は手塚に半ば強引にエスコートされて外にでたのであった。











どうしよう…。



手塚が の手をしっかりと握ったまま放してくれないので は内心あせっていた。

しかもさっきから一言も話してくれない。



どうしよう…。




恋しているときとは明らかに別の意味でドキドキしてきた。


「…馬子にも衣装だな。」

そしてやっと発した第一声がコレ。




「どういう意味ですか。会長。」

「言葉通りだ。意外にも和服が似合うんだな。」

「え?」

「なんというか…綺麗だと思った。」


そう言った手塚は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。



「お前、なぜ見合いの話を引き受けたんだ?相手が俺だという事は知っていたんだろ?」








私は少し返答に困ってうつむいた。










「着物買ってくれるって言ったから、父が。」

「は?」

「寒椿が可愛いなって一目ぼれしたんだけどあまりに高くて買えないし…。」

「それだけか?」

「あと『お見合い』に憧れてたから。」

「どういう意味だ?」

「料亭とか獅子落としの音とか庭園散歩とか…でももう疲れちゃったけどね。」


そう言って手塚を見ると手塚は自分の口元を抑えて俯いていた。







あ…言い過ぎたかな?さすがに…。







「手塚会ちょ…」


「くくくくく…。」


「て、手塚ぁ??」


「はっははははははは…くくっ…す、すまない…あ、あまりにお前らしすぎて…くく… は…マイ
ペース過ぎだな…くくっ。」




…手塚が笑った。



菊ちゃん、部長のブッチョウヅラ崩れたよ…。




それにしても





なんか…可愛いかも。






手塚はやっと笑いが収まった様子で呼吸を整えると急に真面目な顔をして私をみた。






「… 単刀直入に聞いていいか?」

「うん。答えられることなら。」


「俺はお前の隣にいたいのだがいてもいいか?」

「て、手塚?」


「つまり…傍にいたいんだ。」


手塚が握る手が心なしか強くなった気がした。





「いれば?」

「お、お前、意味が通じてないだろ…。」

「へ?」

「あぁっつ!!だから、つまり単純にお前の事が好きだという意味だ。」



すき?


好き??


誰が?誰を?


…ってえぇぇぇ??!!


「…て、手塚が私を好きってことですか?!」

「当たり前だろ。…ほかにどんな意味があるというのだ?」

「え、えっとぉ…。」


…まさかこんな展開になるなんて。



「…手塚って…結構可愛いんだね。」

「なんだそれは?」

「う〜ん、正直手塚って恐いイメージだったんだけど、なんか拍子ぬけした。」


そういいいながら私は繋いでいたほうの手に指を絡めた。


「少なくとも昨日までの私の中の手塚よりはずっとずっと好きだよ。」


手塚の顔を見ようとして私は上をみた。


「うな茶食べに行こっか。」

「は?」

「もぉ、何ぼーっとしてるの。早く本物のうな茶とやらを食べさせてよ、国光くん。」

「あぁ…。…ん?…(…今、名前で呼ばれたような…。)」













こうして無事、国光ご推薦のうな茶を食すことができたのであった。











後日、二人には報告しなきゃいけない気がして
は放課後、部活に行こうとしていた不二と英二を呼び止めた。



「えぇ〜!!!!! ってば手塚とつき合ってるの?!!!!」

「英二、声がでかいよ」

不二は英二に注意すると をみた。

「え、えと…」

は困りながらも小さくうなずいた。

「まじっ?!あのブッチョウヅラのどこがいいんだよ〜?!!!」

「…く、国光は、仏頂面じゃないよ!」

「ふーん、国光ねぇ〜。」

楽しそうに不二が笑っているのをみて は真っ赤になった。

「もぉ、不二!」

「もう名前で呼んでるのかよー?!」

英二にイタイところを突っ込まれ、 は内心あせってしまった。

「あぁ、いや、それはその…」





ぐいっ。






そのとき

困り果てた私の手を誰かが引っ張った。

が振り返ると国光が英二と不二を睨んでいた。



「不二、菊丸、校庭30周だ!!」

「はい、はい。」

「ちぇ。いってきま〜す♪」

二人がグラウンドのほうに走っていくのをじっと眺めていると国光が背後から声をかけてきた。




「… 。」

「なあに?」

「俺達はだいぶ価値観が違う。それは否めない事だ。」

「?うん。」

「お前はうな茶の良さがわからんし。」

「いや、美味しいとはおもうけど別に普通だし。」

「釣りといえばマグロ漁船と勘違いするし。」

「いまだにそれしか浮かばないんですけど。」

「生徒会の書類を良くミスするし。」

「努力はしているんですけどねぇ。」

「だがまぁ、…なんだかんだ言って俺は…お前の事が好きだ。」

「…国光、恥ずかしくない。真昼間から。」

「…お前も校庭走りたいのか?」

「ウソウソ。私も出来るだけ一緒にいたいよ。」










全然違うけど。
価値観も考えも両極端だけど。





一昨日より昨日より今日の君が好きで。

今日の君よりきっと明日の君が大好き。



なんだかんだ言っても単純に君の事が好きなんだ。











手塚って難しい。
にしてもお見合いっていいなぁ。お見合いするなら跡部さんか手塚か柳さんだなぁ。

2004年5月2日      克己