春うららかな午後。


駅前の噴水前に待ち合わせ。


今から会う人物はあまりにこういうのが似合わない。





それを考えるとおもわず口元が緩んでしまう。


彼とは一年ぶりの再開なのである。





先輩、待ちましたか?」




そう言われて はにっこりした。






















「うん。だってデートの醍醐味は待つ事だもん。

乾君なら絶対時間ピッタリに来ると思ったの。だからわざと30分早く来ちゃった。」

「…普通は女性が遅れてくるものでは?」

「いいの、いいの。私が待ちたかったんだし。乾くんとデート、楽しみにしてたんだよ。」

はそういうと楽しそうに笑った。

先輩、どこに行きたいですか?」

その反応をみて乾も笑う。

「とりあえず歩こうか」

そうと は乾の腕を掴んで飲食店街のほうに歩きだした。










(まったくこの人にはかなわないな。)


そう思いながらも、昔から に翻弄されるのはキライじゃない。

二人は中学の先輩後輩だった。

乾が一年のとき、 は女テニの三年生で副部長を務めていた。

普段は明るくて可愛い面倒見の良い先輩だけど、コートに立ったときの は冷静で本当にカッ
コ良くて、

密かに後輩達にかなり慕われていた。


そして実は乾もそんな後輩の一人だったのであった。


そんな二人が今日こうして会う事になったのは からの一本のメール。

いきなりの事で内心かなり驚かされたが、乾は悩んだあげく と会うことに決めたのだった。

















「先輩はテニス続けているんですか?」

「…まあね」なぜか 先輩は少し淋しそうな微笑を浮かべた。

(なにか余計な事を言ってしまったのか?)

乾は悩みかけたが、それをさえぎるように が叫んだ。





「あぁっ!」

「ど、どうしましたか?!」

「か…かわいいvv」


目をキラキラさせる の目線の先にあったのはゲームセンターのUFOキャッチャーのぬいぐる
み。

は一直線にUFOキャッチャーの前に向かうと嬉しそうにケースの内側を眺めた。


「お好きなんですか?」

「うん!ドナルド大好きなんだ。」

「そういえば 先輩は確かディズニー好きで、大のドナルド好きでしたよね。」

「うん!さすが乾くん!!歩くデータ−バンク(?)はなんでも知ってるね。」

(データバンク・・・俺は情報銀行なのか・・・?)

「ふわふわで気持ち良さそうだなぁvv」


にこにこしながらドナルドを眺める をみて乾は何かぶつぶつとつぶやきはじめた。


「乾くん?」

「…ドナルドの位置が30×58の…アウトゾーンが…だから…いや右が…すなわち…だな。」






チャリン






彼はおもむろにポケットから小銭入れを取り出すとコインを挿入した。


軽快な音楽が流れると共にクレーンが動きだす。


「…この位置で取れる確立100%。」

乾はかなり良い位置でクレーンを止めると腕を組んでガラスの中をみつめた。

クレーンは順調にぬいぐるみの上へと降りていく。




『取れる!』と乾と が確信した瞬間!




クレーンのアームはさながらバレーリーナの足のごとく180度かそれ以上におもいっきり開くと

そのままなにもキャッチせずに上にあがった。



「し、しまった…アームの硬さを忘れていた…計算外だ。」


そうつぶやくともう一度乾はコインを入れる。

「今の開きからみて…本体を斜めに掴むほうが効率が良い…ということは…やや左に…。」


真剣な顔で乾は再びクレーンにとりかかる。

だが、さすがは金儲けの道具。

ぬいぐるみは途中までうまく持ち上がったもののあと一歩というところでクレーンから落下した。


「りくつじゃない…。」

真顔で驚きうなだれる乾をみて はおもわず爆笑した。



「い、乾くんおもしろすぎっ!!」


目に涙を溜めながら笑う をみて乾はバツが悪そうに頭をかきながらうなだれた。






「ありがとうね。」


は嬉しそうに乾の頭をぽんぽんと撫でた。


「ほんとにドナルドカワイイvv」

「そこまで喜んでもらえると光栄ですよ。」

はドナルドのぬいぐるみをしっかりと抱き締めた。

あの後、乾は二度挑戦して見事ドナルドをゲットしたのだった。

(計四回で取れて良かった・・・。)




「ねぇ、乾くん。公園散歩しない?」

「公園ですか?」

乾が不思議そうな顔をする。

「そろそろ桜の季節だからさ。お花見♪」


そういうと は乾の右手をぎゅっと握って歩きはじめた。


(みゃ、脈拍が浮脈になっている…//)

ドキドキしながらも乾は にバレないように平常を装って共に歩いていた。








桜並木は公園の入り口から道なりにずっと続いている。

二人は午後の人通りの少ないほのぼのした時間をゆっくりと歩いた。

彼女の歩幅に合わせると乾はかなりゆっくりと歩く事になる。

乾は自分の隣りを歩く小柄な女の子を思わず観察してしまった。


視線に気付いたのか

「なぁに?」

と乾の顔を覗き込んだ。


乾はあわてた様子で眼鏡を直す仕草をした。


「さ…桜綺麗ですね。」


乾の言葉に は宙を仰いだ。

まだ五分咲き程度だが薄く白っぼいピンクの花びらが快晴の空に良く映える。


「本当にキレイ…。乾くんでも桜が綺麗なんて思うんだね!」


がおかしそうに笑う。

「…意外ですか?」

乾が少しむっとしたよいに見えたためか は笑いながらこう言った。

「ううん。嬉しかっただけ。だって感情を共有出来たみたいだから。乾くんなら

『ソメイヨシノがどうの、俺のデータでは今年の桜全線は暖冬のため昨年よりも10日ほど早まる
確立が45%。』

とか始まるかと思って。」

先輩。やっぱり意外だと思ったんじゃないですか。」

「ちがうよ。…『赤い実はじけた』って覚えてる?」

はふと真剣な表情で乾をみた。

「小学校の国語の教科書で出てきたアレですか?」

「うん。主人公の女の子が魚屋さんの男の子に恋しちゃう話。」

「知ってますよ。」

「主人公が初恋した瞬間のキモチを『赤い実はじけた』っていうじゃない。」














はわざと目線を桜にやった。


先輩??」


「私はね、乾くんに赤い実はじけちゃった…//」



の言葉に乾は面食らった表情をした。


自体を飲み込むにつれだんだんと照れた様子で頬を薄紅に染めながら右手で口を覆った。




「… 先輩//」






桜の花びらがふぅわりとふたりの間に舞落ちた。











「お、俺は…。」

乾の言葉をさえぎるように は乾の手に新品のガットとグリップテープをのせた。













「わ、わたし…テニス出来なくなっちゃったの。」

は泣きそうな表情になりながら続けた。

「右肘かなり重傷で、手術する事になってる。だけど治る確立が半分なんだって。親は…テニス
辞めろって言ってる。」





(…あ、泣く…。)






が俯いたのをみて、乾はほぼ無意識に の肩をそっと抱き寄せた。



「泣きたいときは我慢しなくていいから。」


子供をあやすように乾の大きな手は の頭を優しく撫で続けた。


は涙腺が壊れたかのようにただひたすら泣き続けたのだった。
































「…みっともないとこみせちゃってゴメンね。」


は恥ずかしそうに笑った。

辺りはすっかり夕暮れで赤く染まっていた。

だから二人はお互いの顔色はよくわからなかった。

「みっともなくなんかないよ。…俺は 先輩が大好きだから。」


乾は軽くかがむと両腕をのばして をすっぽりと抱き寄せた。


「先輩が泣きたいときはそばにいたい…と思う//」

「い、乾くん…//」


左手によって外される眼鏡。

沈む夕日を背に、軽く触れ合う唇。

そして彼は耳元で言葉を囁く。

「俺も先輩に赤い実はじけてるから。」
























「…貞治くん。全国行ってね。」

先輩も手術ちゃんと受けてくださいね。」

「じゃあ指きりしよう。」




















小さな約束は

後に果たされることになるが

それはまた別の話。















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慎々さんのキリリクで書かせていただいた貞治後輩なデート夢。ゲーセンデートが結構お気に入り。

2004年4月1日  克己