なんでかなぁ。
一緒に歩いてきたつもりだったのに
いつの間にか触れられない距離にいるのは。


たったフェンス一枚なのに重い壁。
二人がいる場所に私だけいなくて。
この境界線が憎らしい。








「姉ちゃん。おい、姉ちゃんってば。」
「..ぇ?」


そっと瞼を開く。
赤く眩しい光。
の視界には弟の姿が映った。


「赤也?」



真夏の炎天下。
気温38度。
たしか視界がグラグラして
目の前が白くなって
あまりの辛さに座り込んだのまでは覚えている。



「大丈夫かよ。」

「うん…消毒液の匂いがする。」

「あ。まだ起きんなって。」

「もう大丈夫だから。」



ゆっくりと身体を起こすと、
白いカーテンがパタパタとゆれているのが見えた。
黒い丸椅子。
薬品の入った棚。
そしてパイプベット。
ベットの周りには薄黄色のカーテン。



「…保健室?!」

「姉ちゃんってば練習試合中に貧血起こして倒れたんだぜ。ったく気をつけろよな。」

「試合…赤也!!試合どうなったのっ?!」

「あんたが倒れてそれどころじゃなかったから中止になったんじゃねぇの?」

「そっかぁ…また、みんなに迷惑かけちゃったな…ゴメンね。赤也にも迷惑かけちゃって。」


そう が呟くと赤也は の頭をコンっと軽く叩いた。



「俺の事はいいから少し休めよ。無理したら余計に迷惑かかるだろ。」

「うん…わかった。ごめんね。」

「姉ちゃん、もう謝んなくていいから。ちゃんと寝てろよ。じゃ、後で迎えにくるからな。」







パタンとドアが閉まる音と共に、再び は眠りへと誘われた。


エアコンの心地良い風と
窓の外の蝉時雨が良い子守唄になって。




夢をみた気がした。
子供の頃の夢。

ブン太や赤也と同じコートで試合出来た頃の。





いつからだろう?
男と女としてわけられるようになったのは。



いつからだろう?
気が付くと二人に置いていかれる気がしたのは。



いつからだろう?
…ブン太を避けるようになってしまったのは。









「具合どう?大丈夫か?」

手のひらがふんわりと優しく頭を撫でる感触がした。

「あ、うん。さっきよりだいぶよくなったみたい。」

なかなか重たくて開かない瞼をうっすらと開くと保健室の白い天井がみえた。
心なしか赤也の声がいつもより気持ち高い気がする。

「あんま心配させんなよな。お前、昔っから頑張り過ぎつーか、無茶しすぎ。」

「うん。赤也ありがとう。」



そっと振り返るとそこには見慣れた弟の顔はなく

「ま、丸井くんっ?!」


は思わず真っ赤になって飛び起きると、ブン太の顔をまじまじとみた。


「あ、なにその他人行儀な呼び方。最近あんま話さなかったからって ひでぇな。」

「…ブンちゃん。赤也は?」

「赤也ならまだ練習中だぜ。」

「そっか…。」




「……。」

「……。」



「… さ、俺の事避けてるだろ。」

「え?…そんな事ないよ。」

「嘘。」

「……。」




小さな沈黙が続いた。
気まずくて目が合わせられなかった。
苦しくて顔が見られなかった。




「あ〜ぁっ。もうっ!!やっぱお前ぜってぇ避けてる!」


ブン太はそう叫ぶと の細い肩を両手で掴んだ。



「さ、避けてないってばっ。」

「だったら、俺の目をみてみろぃ!」

「…無理。」

「なんでだよっ!何言ってんだ、お前。」

「だって…」

「だって?」






「悔しいから。」







「はぁ?」




悔しい。
そう思った。

だって、私だけ…。




「赤也は…男の子だから、ブン太と対等でいられるけど、私は二人とは違うんだよ。」

「…なにそれ。そんなの関係ないだろ。」

「ブンちゃんには関係なくても私にはあるんだもん!」

「どう関係あんだよ。」

「そ、それは…。」









ブン太にそう言われて
無意識に言葉が出た。

自分でも気がつかなかった心。
考えもしなかった言葉。
いま初めて気が付いた。













「ブンちゃんの傍にいたいから。」









「…え?… …。」








言いながら自覚した。
男とか女とか一番意識していたのは自分のほう。

傍にいれなくなるのが恐くて
自分から離れようとしていたんだ。






私は…




ブン太に恋しているんだ。







「それってマジ?」

「……。」



私が黙ると
ブン太は私の両肩を自分に引き寄せた。


ブン太の顔がとたんにアップになり
二人の唇と唇が重なり合う。





「ブ、ブンちゃんっ?!//」



恥ずかしさと驚きと戸惑いで
カァッと体温が上昇しているのがわかる。
気が付くと
ブン太が私の身体にピッタリとひっついていた。



「やっべぇ〜。俺、今すっげぇ嬉しいかも。」

「え?」

「俺さ、 になにか嫌われるような事したのかと思った。」

「別に嫌ってなんかいないよ。なんでそんな事思ったの?」

「だってさ、ココ最近の って俺にガラスの壁作ってた感じがしたから。」

「ガラスの壁?」


「見えてるのに目合わせてくれないし。マジックミラーみたいな気分だったぜぃ。」


そういうと、そっと私の指にブン太は指を絡めてくる。


「それは…ブンちゃんと目が合うの…恥ずかしかったから…。」


私がそう呟くと、ブン太は私の瞳をしっかりとみつめて笑った。






、俺の事好きなんだろ?」





答えずに赤く頬染めて俯くと、ブン太はそっと私の耳に耳打ちした。



















「俺は好き。」




















耳に落とされた言葉が
わたしの全身の細胞を支配した気がした。






白いカーテンがパタパタとゆれる音。
校庭で部活動に精を出す人の声。
小さく聞こえる時計の音。



全てが止まったような気がした。



無意識にブン太の首に手を回し、
ギュっと抱きしめた。






「…私も…だよ//」





二人の鼓動が同じくらい高まっているのを感じた。
この体温や鼓動をずっと共有したい。


一分でも一秒でも長く。
このままでいられますように。












慎々さんにキリリクで書かせていただいた赤也の姉設定のブン太夢。赤也の弟っぷりが好き。
2004年9月1日      克己